其の5 夢について


 あのねと話し始めた。例の霊感少女だ。また始まったのだ。この子の話は非常に面白いので、ふんふん、それでとついつい聞き入ってしまうのがわたしの悪い癖である。
 わたしの友達がね、こういう話を別の友達にしたの。その友達は嘘つくのが好きでその話をなんでも信じてしまう別の友達に話したんだって。直に信じてしまうの。本当に人が嘘つくなんて思っていない程人を信用してしまう子でね、それに全然嘘なんかつかない子なの。それでその話、これはその子が作ったんだけど、その別の友達に話したんだって。
 彼女の話す言葉を忠実に再現すると少し解りにくいので、わたしが手を加えようと思う。
 その話というのはこういうものだ。まずは話を作った子(春子)が昨日見た夢と称して別の友達(夏子)に語ったらしい。春子にしてみれば全くの悪戯心から出たもので悪気などあろうはずもなく、たまたま思い付いた怖い話を夏子にしてみたようだ。それは夢の話である。
 夢の中で春子は寝付けなかったようで、寝よう寝ようと思うほど小さな音にも敏感になり、とうとう台所から聞こえるぴちゃんぴちゃんという微かな音まで気になるようになった。台所ではやはり水道の栓がしっかり締められていなかったようで、一定の感覚で水が滴り落ちている。蛇口を締めると水滴は止まったが、それでもぴちゃんぴちゃんという音は止まらない。その辺りを見渡すと蛇口の下に手洗が置いてありその中には細長い魚がじっと蹲まっていたらしい。この辺りからは全く話に整合性がなく行動や状況が不可解になってくる。こういったところも春子は夢であることの信憑性を高めようとしたためか、何故そう行動したのかがわからないと付け加えていたようだ。とにかく春子はその魚をさばこうとしたらしい。包丁を取り出しその魚を掴みそして一気にその腹に突き刺す。赤い血と黒い肉とが混然となって飛び散る。春子は避けようとして後ろにさがると何か背中にあたるものがある。振り返るとそこには黄色いレインコートを着た老婆が包丁を片手に立っている。老婆を見た春子は硬直して身動きが取れなかったようだ。そうして老婆は何故魚を殺したかと尋ね、この言葉を言い終わらないまま包丁を春子に突き刺そうとした。よくある話だが春子はここで目を覚ましたと夏子に言った。それでも最後に老婆が言った言葉は覚えていると。老婆は、この夢を他の人に話したらわたしはその夢に出る、と断定的に言ったと春子はこの話の最後として夏子に語った。
 夏子の怖がりようはかなりなものだったようで、暫くは青ざめたまま全く口も聞けなかったらしい。春子はこういう態度を見ると更に追い打ちをかけたがる性格らしく続けて言った。実はこの話秋子から聞いたもので、わたしは全然信じてなかったんだけど、やっぱりこの夢を見たの。それで怖くなって夏子に話したんだけど。夢がどんどん進むらしく、わたしの前の秋子は後ろを振り返ったところで目が覚めたんだって。
 次の日、夏子は学校に来てそのまま春子の元に行き、やっぱりあの夢を見たとぶるぶる震えながら言った。驚いたのは春子である。まさか自分が作った話が本当に夏子の夢に出てくるとは思わなかったのだ。それに夏子は嘘をつくような子ではない。それで震えている夏子に尋ねた。最後はどうなったの。そうすると夏子は始め言い渋っていたがやがてぽつぽつと話し始めた。やっぱり途中までは同じで、包丁を突き刺されそうになった。ほんの寸前の所で目が覚めたから良かった、と。それだけ、と聞くと夏子は申し訳なさそうに言った。ただ、ただ、老婆は出てこなくてわたしを刺そうとしたのは黄色いレインコートを着た春子だ、と。
 とまあこういう話を霊感少女はわたしに熱心に語った。しかし春子の怖がる様が目に映るようである。怖い。
 この夢は連続していてまず老婆が殺し、そして次にその夢を話した春子が殺人者となって夢に現れる。ということは春子は気づいているかどうか解らないが、この次に夢を見るのはこの話を作ったまさに春子自身が見るということになるのである。それも黄色いレインコートを着た夏子に殺される夢をである。
 この夢の話はこの後、春子が同じ夢を見たからかどうかは語られないまま、学校中で飛び火していったようだ。幾つの媒介があったかわからないが霊感少女のもとまで辿りつきそしてわたしの所までやってきた。この話は霊感少女が比較的春子と近い所にいたため話の原形に近いものだと思われる。霊感少女の言によると実際この夢を見たという人も何人かいるようであるが、ただ夢の結末で刺されたという話は聞かないという。それに他にもヴァリエーションがあるようで、例えば魚ではなく長いソーセージであったり、包丁ではなく鋸であったり、櫛の先であったりと狭い学校にしては色々とあるようだ。ただ、黄色いレインコートだけはどの話にも現れるタームのようである。
 わたし自身はこの話を聞いた日、結局はこの夢を見なかった。わたしは夢を見るほうではないし、夢を見てもすぐに忘れる性質だから見なかったと思っているのかもしれない。しかし、この噂が真実かどうかは別にして、この話自体に不可思議な力が備わっているのならば、ここでこれを読んでいる人はこの夢を見るのかもしれないのだ。もしそうなったとき夢の中で現れる黄色いレインコートを着た人物は誰なのだろうか。わたしではないことを祈りたい。


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