其の7 イーグルス運


 それは某知り合い宅からの帰り道だった。うだうだと駄目話をしに行っていたのである。次の日はわたしとその知り合い共に休日だったので結局わたしが知り合い宅を出たのは朝方の六時頃であった。大学時代と同じようにはいかぬ、体力が落ちているのだろう、猛烈に眠く疲れが溜まっているのがわかる。そういえばこの間、太股に人差し指で爪あとをつけてみると完全に消えたのは一時間も経ってのことであった。それはまあよい。車の中である。車中では朝というのに溌剌とした女性DJの声が響いている。
「それでですねー、この間始まった新コーナーの時間です」
 おお、新コーナーかい、こんな早朝のラジオでも色々と考えているのだねえ。
「さあ、有名な曲について、わたくし○○が色々な角度から検証し、その魅力について語る極めつけのコーナーです」
おい、それをいうなら「極めつき」でしょうが。そういえばこの間聴いたFM-NHKのDJはしっかりと「極めつき」って言ってたよな。流石である。しかしまあよい、許してやろう。
「それで二回目を迎えました今回はなんとこの曲です!」
 キュン、きゅるるるきゅんきゅんきゅー。イーグルスの「ホテルカリフォルニア」であった。おおこれなら知っておる。わけのわからん最近の軽薄ロックもどきではないのでほっとする。ふふんふふん……ホテルかーりふぉーにぁ! 誰もいないことをいいことにでかい声で歌うのである。さっちあ、にゃんやにゃー、さっちあ、にゃんやにゃー……ろんりねーす! 聴きとれた単語のみを連発するのが味噌である。さてギターソロだ。きゅるるきゅるるきゅるる……。
 とまあ車中での鼻歌ライブが始まっていたわけだが、この曲の欠点である「あまりに長い」というのが裏目に出て、そろそろ家に到着しそうである。ああ、折角のりのりうきうきタイムなのにというわたしの願いも空しく曲の途中でフェードアウトしはじめた。FMだからといっても時間があるのである。特にこの曲は長い。
「これはみなさんご存じですねー、敢えて曲名は言わなくてもいいでしょうか」おいおい、初めて聴いた若人はどうするのだ。これを聴いてイーグルスファンになり、大学時代にギターなんぞを購入して、イントロだけ弾けるようになったら、あとはほったらかしという純粋なイーグルスファンが生まれるやもしれぬのだぞ。カラオケで歌っている最中に英語が読み取れなくなっても猶無理矢理ながら完走するイーグルスファンになるかもしれぬのだぞ。「……この曲は……年にデビュー…年目のイーグルスが……」これは電波の調子が悪かったのではなく覚えていないのであるが、とにかく「ホテルカリフォルニア」が生まれた背景を喋り始めた。これで若きイーグルスファンが生まれることであろう、安心である。
「さあて、この曲が何故多くの人に愛されるのか、っていう分析なんですが……」そんなこと教えてくれるのか、何故ゆえにこの曲がヒットしたのか、なかんづくイーグルスはこの曲しかヒット曲を残していないのか、あろうことか再結成してまたまた「ほてるかりふぉーにぁ」と歌うのか、そこんとこ逐一説明してくれい。車はまもなく車庫に入ろうとしている。
「こんなこというのもなんなんですが、実はわたしあんまりこの曲好きじゃないんですけど……」それならやるなよ。あなたが選んだのでしょ。ふうふう、まあよかろう。批評は必ず好きなものを扱うというわけではないからのう。
「その理由は、どうしてかはわからないんですが、もしかしたらこの曲聴いたときに何かやなことがあったのかなあ、なんて思ったりもするんですけど。そういうことありませんか……」
 わたしは車のエンジンを切った。
 あるものを好きになるかならないかの境目はほんの小さな柵である。わたしが友人からいくら薦められてもイーグルスを熱狂的に好きにならなかったのは、その頃購入したボブ・マーリイのコンパクト・ディスクの中身が何故かイーグルスだっだということが関係しているのかもしれない。返却しにいったレコード屋の店員に「こ、これね、ボブ・マーリイなんすけど、ジャケット見てもどう考えてもレゲエなんすけど、中身がねイーグルスなんすよ、別に嫌いじゃないんすけど、ジャケットと中身が一緒じゃないとですねえ、それでですね、本物のボブ・マーリイに交換して欲しいんすけど」とわけのわからない言い訳したことも関係しているかもしれない。別にイーグルスが悪いわけではない。わたしのイーグルス運が悪いのだ。今度の勝負もイーグルスの分が悪かっただけである。このDJがもう少し頭を使う人だったらもしかすると、「やっぱ、イーグルスは最高っすよ。カレー五杯分ぐらいの価値があるっすよ」と知り合いに薦めていたかもしれない。


[前の雑文] [次の雑文]

[雑文一覧]

[TOP]