其の62 ちょっといい話


 しかし体制というのは非常に貪欲なものらしく、その体制の欠点なんかをあげつらったりする思想や、反体制を標榜する人も、結局は体制内へと組み込まれてしまう。
 そう、尾崎ハウスのことである。松本ハウスではない。尾崎豊の実家のことである。なんでも尾崎豊が死んで以来、彼を偲んで彼の生家を訪問するファンが後をたたない為、彼の両親がその部屋を訪問客に解放しているらしい。
 悩める若者が尾崎ハウスに毎日のように訪れ、そしてその尾崎ハウスにおける長老格とでもいうような二十代のアニキに彼らの悩みを打ち明け、そしてお互い励ましあい、明日への活力にしているという。
 しかし時代錯誤な話だ。四畳半フォークの世界が未だに展開さえているとは露とも知らなんだ。やっぱりいるんだ、こういう人達って。そういえば少し前長渕剛が流行っている頃、そういう「フォーク」な世界な人達を街中で見掛けたものである。フォークギターを弾き散らして意外に透き通った上品な声で歌いまくる若者の象徴のような人達を。わたしはロックが好きな割にこういう日本的なじめついた「フォーク」な世界が意外と嫌いではないのだが、それにしても気になるのは、こういう尾崎ハウスのような話が「美談」として扱われていることである。まあ「ちょっといい話」のネタとして使われているわけだ。わたしの読んだ記事でも、「(尾崎豊を)お父さんみたいな存在。自分のことを両親や先生よりも深く理解してくれそう」という女子中学生(十三歳)だとか、「ムカつく時、尾崎を聞くとすっとする」「でも僕は(ナイフを)持たない。僕には尾崎がいる」という男子中学生(十三歳)の発言が「ちょっといい話」度数を急激に引き上げていた。しかしねえ。尾崎豊って「お父さん」みたいなキャラクターだったのか。シャブ打ってた奴の方が深く理解してくれるって、そりゃあんたの両親も哀れだよ、それにナイフ持たないのは尾崎がいるからだとかいう他力本願な奴も尾崎豊はコーランかい、などというベタな突っ込みをしてしまうのはわたしがおじさんになったからなんだろうけどね。
 まあ有り触れた「ちょっといい話」の「尾崎ハウス」の記事だったのだが、その記事でもっともわたしが気になったのはそこに載せられている写真であった。その中央には中学生らしき婦女子に取り囲まれたギターを持った男性が写っている。一見、黒いタンクトップに白いバンダナをしていて若者風なのだが、よく顔を見てみるとどうもかなりいっているようである。二十代前半ということはない。もう三十前後、そんな男性なのである。今年は尾崎豊の七回忌だというから、彼が最も多感な時期に尾崎豊の音楽に触れてそのまま来たのであろう。グレイだ、スマップだ、はん、そんなものわしは知らん、たとえ一人となろうとも、わしは尾崎を見捨てられんのぢゃ。そんな老武士の姿とだぶる。この写真は彼がアコースティックギターを弾き散らしている場面である。写真の横には「『尾崎ハウス』には、ファンたちが歌う尾崎ナンバーが響き渡った」なんてキャプションもつけられている。しかし、その三十代、「尾崎ハウス」のリーダー格の男性の視線が変なのだ。楽しげに周りを見ながら歌っているといった感じでもなく、譜面を見ているといった風にも見えない。また歌うことに没頭しているようでもない。目はしっかりと一点に向けられている。「ばりんこ」である。彼の視線の先を辿ると、どうしても「ばりんこ」へと行ってしまうのだ。その「ばりんこ」は既に開けられていて残り僅かのようだ。「ばりんこ」の横にはうっすらとだが、柿ピーらしきものも見える。しかしこれも残り僅かである。この部分に気付いた途端、わたしは「尾崎ハウス」の存在や、中学生の発言などが全て吹っ飛びこの写真が、
「ばりんこ、やっぱり喰いたいっす」
「ばりんこロック −最後に喰うのは誰だ!-」
などという写真に見えてきたのだ。もう駄目である。一度そう思うとそうとしか思えなくなる。彼の歌っているのも尾崎豊の歌などではなく、切々と「ばりんこ」の美味しさを語るプロテストソング(?)に思えてくるのだ。
 「ああ、ばりんこ喰いたいよー、ほげー」
みたいなことを歌っている、そう見えてくるのだ。
 しかし死人に口なしとは言うが、「お父さんのよう」だの「ナイフを持たない」だの「ばりんこ」だのと尾崎豊も大変そうだねえ。
 この「尾崎ハウス」の記事の横には「仮設で死ぬということ」という重々しいテーマの記事があったのだが、このサブタイトルが「支えきれない」だった。なんとも意味深ではある。
 そうそう「ばりんこ」だか「ぱりんこ」だかはやはり煎餅なのだろうが、この写真の彼がこの場面の後「ばりんこ」にありつけたのか否か、実はこれが一番気になる。

 (追記)どうも尾崎ハウスというのは尾崎豊の実家ではなく死んだ場所のようですね。まったくちっとは調べて書けよ、俺。


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