其の77 逆立ち


 そろそろ参議院選挙だそうである。ここ一週間何とも母上が五月蝿い。というのも前回の選挙では家族中が投票締め切りぎりぎりまで今日が選挙だということを失念していた為、走って投票所に駆け込むという失態を演じた揚げ句、わたしなどは証明書とでもいうのか、投票の際渡す葉書を、あろうことか大丸の紳士服バーゲンのそれと間違って手渡してしまい投票所にいる人々の失笑をかい、結局投票出来なかったという愚挙をおかしたのだから殊更母上はわたしに選挙の日付を叫びながら、水戸黄門の印篭の如く証明書を見せつけるのも解らぬ話ではない。もっとも母上も取り立てて政治に興味があるというのではないし、ましてや某宗教団体に所属しているわけでもないので、投票しなければならないという信念を持ってはいないのであるが、先のわたしの愚挙が近所に知れ渡っているらしく、汚名返上となるのかどうかは知らないが、わたしに投票に行くよう義務づけているのである。この為、柄にもなく選挙に興味を持ってしまっている。わたしにすれば猪木が立候補したときとノックが知事に立候補したとき以来である。
 やはり基本は立候補者のポスターであろうか。取り敢えず目を殊更大きく開いたキー坊こと西川きよしの顔に目が行く。参議院議員の任期は六年だから初めてキー坊が立候補したときから十二年になるわけである。そういやわたしの住む町にもキー坊はヘレン夫人を引き連れて選挙カーでまわっていた。あれは初挑戦のときだからわたしが中学生の頃だ。丁度忘れ物を家に取りに帰って学校へ戻る道すがら出くわしたのだが、急いでキー坊の横を通り過ぎると、
「そこの急いで通り過ぎる中学生も応援してくれておりまーす」
 との声がドップラー効果的に聞こえてきて非常に恥ずかしい思いをしたのであるが、そういった思い出も今回のポスターから想起され、趣き深い。
 町中には色々な政党が比例区を見越してか、普段よりも政党自体のイメージを打ち出した立て看板が置かれている。その中で、ちらっとしか見ていないのでいかなる意味かは解らぬのだが、「逆立ち政治でいいのだろうか」と大きく印刷された立て看板があるのに気付いた。
 「逆立ち政治」か。すぐさま逆立ちしながら牛歩している政治家が思い浮かぶ。
「あああうう、え、えと、こ、今回の法案のも、問題点は……、あうううう、ばたん」
 最後の擬音は逆立ちに疲れて転んだと想像されたい。勿論「政治」というのは人が二人集まれば始まるお互いの妥協点を見つける行為も含めるが、ここでは敢えて国会における「政治」だけを扱うことにしておく。
 国会というのは五十代でまだまだ新人だの小僧っ子だのと言われる世界なので、頭髪に不自由な人も多く参加しているから大変だ。簾のように残り少ない頭髪が垂れ下がっている「逆立ち政治」も見られるのだ。その上何故か「髪が地面に着いたら負け」という法律もあったりするから更に大変なのである。
「うう、こ、この点総理はいかなる考えを、も、もっておられ……」
「異議あーり!」
 頭髪が壇上についてしまったのである。
 逆にまったく頭髪の形状が変化しないのも問題なのである。国民を欺いている、そう糾弾されるのだ。
「うう、この件は、大蔵省の、意見、を、参考に……、ぱかん」
「異議あーり!」
 かつらが落ちてしまったのである。
 ただこの「逆立ち政治」がネックで高年齢者の政治家が全く政治活動が出来なくなるのも問題なので、三回当選すれば通常国会においてのみ補助の者をつけることが認められている。
「ただですね、今回の措置はあくまで例外として認められるこ、こ、こ、こここここー」
「異議あーり!」
 補助の者があまりの長丁場の為つい手を緩めてしまったのである。勿論「手押し車になれば負け」という法律も存在する。
 国会といっても討論だけが国会ではない。公聴会なども国の政治において重要だ。しかし「逆立ち政治」はここでも実行されなければならない。
「こ、この問題に関して、皆さん識者の、方々はいかように、に、考えておられるか、そ、そこのところを、こ、今回、は、話し合いたい、そう思っておるわけですが……」
「む、難しい、で、ですな。普段は、わ、わたし、逆立ち、などや、やらないもので、ちょっと逆立ちするのに、せ、精一杯で、して、それどころ、では……」
「わ、わたくし、もそ、そうでございますわ、わわ、初めて、参加いたしますので、う、うっかり逆立ちのこと、忘れており、ま、まして、わたくし、スカートが捲れるも、ので気になって、そ、それどころ、では……」
「ど、同感で、ございます。も、もう腕が痺れて、だ、駄目で……ばたん」
「し、しかし、ここで、ある程度意見をまとめなければ……」
「わ、解っております。し、しかしこんな状態では、良い智慧など……」
「うーーん」
「ううううう、ひ、ひらめけー、ひらめけー」
「ひらめけー、ひらめけー」
「ひらめけー」
 逆立ちだけについ「ひらめけーひらめけー」と呟いてしまうのである。そこに何故か首相が逆立ちで乱入してくるのだ。識者たちのあまりの不甲斐なさに怒り狂いながら、それでも逆立ちで乱入してくるのだ。
「そ、そ、総理ちゃん、情けなくって涙でてくらああ、ばこん」
 首相だけあって逆立ちはお手の物、カポエラの如く逆立ちしながらのキックで不甲斐ない識者たちを蹴り倒したりもするもんなのである。「逆立ち政治」って。     


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