其の6 死に方


 どれくらい前だったか、ダイアナ元妃が交通事故で死んだというニュースがあった。パパラッチによる追跡をかわしての交通事故だったそうだ。この事件はそれ程前のことではないが、兎角こういうニュースは昔のことだと思いがちだ。わたしはもう何月にあったのか思い出せなくなっている。ジョン・レノンが死んだのは一九八十年だったろうか、かなり昔のことのように思えるが考えてみるとそのときわたしは小学生であった。それほど昔のことではない。ほんの十数年前の話だ。坂本九が飛行機事故で死んだのはわたしが中学生のときで、その事故から数日後の理科の時間に担当の寺岡先生が「今教科書で開けているページは例の飛行機の番号と同じだなあ」と言ったのが未だ印象に残っている。ともかく有名人の死というのはその時代時代を的確に表しているようで、ジョン・レノンの死やピストルズのシドの死などは七十年代と次の八十年代をそのエートスの違いをくっきりと際出させているようだ。時代というものを意識していなかった頃や生まれる以前の時代の区分はそういった有名人の死によって、わたしの中では認識されている。
 最近ジョン・デンバーが死んだ。アメリカのカントリーフォーク歌手だ。有名な歌手であり、ヒット曲もいくつかあると聞く。まあわたしの中ではその程度の認識しかない歌手である。それなのにである。わたしは突然の彼の死をきいてかなりのショックを受けたのである。
 わたしが彼を知ったのは、「ジョン・デンバーは家の庭で石油を備蓄している」という噂が最初であった。高校生の頃だろうか。一応歌手であることは知っていたので、フォーク歌手が石油を備蓄したらあかんよなあ、と突っ込んだ覚えがある。彼のパブリックイメージと「石油の備蓄」という言葉がミスマッチで異様に大受けしてしまったのだ。たしかにフォーク歌手がやったらいかんよなあ。ロック歌手もバツだ。三味線の師匠はちょっとありか。まあミュージシャン関係は「石油の備蓄」はダメだろうな。あ、マイケルはO.K.か。とにかくわたしにとってジョン・デンバーは「石油の備蓄」という言葉で刷り込まれたわけだ。意外にこの刷り込みというのはその呪縛から逃れ難く、例えば川島なお美もわたしにとっては「お笑い漫画道場で車団吉とコンビ」とか「青山学院でカンニングばれ落第」とかでいくら女優として大物然としてもどうも納得できないところもある。刷り込みは侮れないのだ。
 そして次にジョン・デンバーについての噂を聞いたのは最近のことで、ここ一年ぐらいのことだ。アメリカにも物真似番組があり、そこでジョン・デンバーの特集をやったそうである。普段はオーディションをしなければならないほどの応募者が集まるのだが、このときは何故か三人しか集まらなかったようだ。ジョン・デンバーの凋落はそれ程だったのである。それならまだいい。オンエアーしなければいいのだ。しかし、そのときの番組は本人がゲストとして登場し、その物真似を審査するとかいうシステムになっていたようで、とにかくジョン・デンバーが番組に出演することになっていたのである。これではオンエアーをやめることは出来ない。腐ってもジョン・デンバーである。そこでスタッフは考えた末、本人が応募者として登場するという奇策を用いたのである。恐らく本物が出て「流石ですね。本物は違いますね」とかいう流れになっていたのだろう。しかし番組はそうは進まなかった。四人目のジョン・デンバーそっくりさんとして登場したジョン・デンバーは得意の(って当たり前か)ナンバーを披露したのだが、なんと四人のうち最も評価が悪く審査員に「そんなのジョン・デンバーじゃない」とか「本物はもっとうまい」とか言われたらしい。審査員も審査員だが、ジョン・デンバーも哀れである。この話を聞いたときも大笑いしてしまった。石油備蓄とあいまってお間抜けな彼らしいエピソードだからである。
 そして彼の噂を聞かなくなった頃(といっても数年単位でしか聞くこともないのだが)この前の訃報を知った。何でも飛行機事故だそうだ。わたしはそのニュースを疑った。確かに飛行機事故はミュージシャンによくある死に方である。アメリカという広大な国土を有する国のミュージシャンは小型の飛行機で次の公演の地に赴くことが多い。飛行機事故によって死んだミュージシャンはわたしが知っているだけでも、ギタリストのランディー・ローズやスティービー・レイボーンなど結構ある。そしてドラッグによって死んだミュージシャンや自殺したミュージシャンなどの次に、その死によってカリスマと崇められることが多いのが飛行機墜落事故による死なのだ。その名誉ある死に方、ミュージシャンとしての死に方であのジョン・デンバーは死んだのである。石油備蓄のジョン・デンバーがである。物真似で偽者に負けたジョン・デンバーがである。わたしは正直いって彼は病院で寿命が来て死ぬ人だと思っていた。フランク・シナトラ型の死に方(シナトラはまだ生きてますけど)をするものだと思っていたのだ。しかしわたしの予想を裏切り彼は立派な飛行機事故で死んでしまった。あんな彼であってもここぞというときにミュージシャンであることをわたしに思い出させて死んでいったのだ。やはり腐ってもミュージシャンだったのだな、そう思う今日この頃である。次はポールか。

 (追記)などと書きながらあのフランク・シナトラも死んだんですよね。合掌。


[前の雑文] [次の雑文]

[雑文一覧]

[TOP]