其の81 気合い入ってるっす


 わたしの住む町は丁度大阪と兵庫の境にあって、ものの一分もあれば兵庫県の尼崎市というところに行くことが出来る。この辺りにダウンタウンの二人が住んでいたようで、たまに彼らのトークを聞いていると「潮江デパート」(と書きながら「しおえデパート」の「しおえ」ってこれであってたかなとgooで検索かけてみると一件だけ引っ掛かったのだが、それが何とあのダウンタウン松本の兄のページだったので爆笑してしまった)などという非常にローカルな固有名詞が出てくるときがあり、近所のことだけに大いに笑いの壷を刺激させられるのだけれど、それはそうと尼崎である。この町はかつては鉄の町として栄えたのであるが、今や斜陽となっていてダウンタウンと中島らもの出身地としてしか語るものがない、そう思っていたのであるが、意外やこの尼崎、侮れないのである。聞くところによると何でも日本で最も暴走族がいる町らしいのだ。尼崎という町は。まあ、暴走族のメッカとでもいうのだろうか。
 この話を聞いたとき、なるほどやはりそうだったのかと合点がいった。矢鱈と多いのである。ヤンキーという種族が。夏になるとわらわらと虫の如く深夜のコンビニに屯する頭髪が茶色の若者が矢鱈と出現するのである。仕事柄、帰りがどうしても深夜となってしまうので、食事その他の雑貨類を購入するのは専らコンビニエントストアーとなってしまうのだが、いつも彼らヤンキーは入り口付近で所謂ヤンキー座りをしているのである。非常に入りづらいので普段にも増して大きく眼を見開いて彼らを睨みつけるのであるが、彼らは興味無さ気に「ふうん」などという眼で見てくる。彼らからすれば徒のおっさんにしか見えてないのだろう。ま、その通りなのだが。
 などと彼らヤンキー及び暴走族どもには、普段目にする確率が高い分苛立ちを感じていたのであるが、今日いつものようにヤンキー(暴走族か、この辺りの区別は解らない)が屯しているコンビニへと入った。二度目の食事として弁当を購入し、そしてコーヒーなど飲み物類を買って、ゆったりと雑誌を立ち読みしていると、先程まで入り口付近で座っていた若者とその情婦と思しき二人がわたしの横に並んでわたしと同じく雑誌を読み始めた。
「これこれ、俺の車が載ってる奴」
「まだやって、写真送ったのこの間やから、そんなにすぐ載るわけないって」
 どうやらヤンキー御用達雑誌にある「オイラの車を見てくれ!」というようなコーナーに写真を送ったらしい。この手の雑誌は売れているのかちょっと解らないものである。投稿が直に掲載されるというのであればあまり売れていない雑誌だと思えるがコンビニで置くくらいであるから売れていないというわけではないのだろう。よく解らない。
「ほんまやって、載ってるって、ちょっと待っとけ」
 ぱらぱらと急いでページを捲る男の横で情婦は同じくヤンキー女子部御用達の雑誌を眺めている。
「ほら、やっぱ、載ってた。見てみろ、俺が言った通りだろ」
「あ、そう」
「ちゃんと見ろよ。ほら、車の横に俺、写ってるやろ」
「あ、ほんま」
「真剣に見てるんか」
「解ったって、ちゃんと見てるって」
「お前、それ見ててちゃんと見とらんやろ」
 とうとう喧嘩を始める始末である。彼らは自分の考えていることを正確に話そうとか、どう言えば相手に伝わるかなどという回路に異常がある為下らないことでよく喧嘩をする。わたしはと言えば丁度しりあがり寿の「ヒゲのOL 薮内笹子」を読んでいるときであり、そのギャグに笑っていたのだが、隣の二人が喧嘩を始めた為笑うことが出来なくなってしまった。そのときである。
「もう、いやんになるなあ、あの音……」
 店内で流れていたFM放送のCMである。
「五月蝿いし、もうカッコ悪いねん。あのセンスやめて欲しいわ。カッコ悪う」
 関西ローカルのCMではよくあるのだが、関西弁仕立ての公機関によるキャンペーンCMで、かつて「他の人かてやってるやないの、路上駐車、なんでわたしだけ悪いの」という路上駐車禁止キャンペーンのCMがあったのだが、これもその手のものであろうか。
「……統計によると暴走族の四割は彼女が説得すれば暴走族をやめるという結果が出ています。皆さんの周りに暴走族の彼女がいれば……」
 辛かった。これほど笑いを堪えるのが辛いとは思わなかった。隣の二人はぎょっとなって喧嘩はやめるし。ところでこの統計はどうやってとったのだろうか。
「あのさあ、どうしたら暴走族やめてくれるのかなあ、ちょっと訊きたいんだけど」
「んー、何言ってんだよ、やめるわけないだろ、俺たちゃ、怒霊度連合はさあ」
 というのが由緒正しい暴走族の在り方だと思うのだが、どうも違うようだ。
「あのさあ、どうしたら暴走族やめてくれるのかなあ、ちょっと訊きたいんだけど」
「うぃーす、自分は今、族やってるんすけど、やっぱ彼女が走るなっていったら、やめるッス」
 などと言っているのか、暴走族の輩って。しかも四割も。
 些か拍子抜けである。ま、十八くらいになれば「俺も年だし、そろそろ落ち着かないとなあ」などと言いながら一転真面目な労働者に変わるのが彼らの生態だったとはいえ、そこまで彼女の一言で生き方を変える程軟弱な輩だったとは思わなかった。それならばである。政府より密命を帯びた女性を彼らの元へ派遣すれば、もしかすると改心させることが出来るのではないだろうか。その名も暴走慰安……あわわ。
 などと下らないことを考えていると隣の二人は妙にしんみりしながら語り合っているのである。
「あのさあ、お前、やめろなんて言わないよなあ」
「うん、当たり前じゃない、そんなこというわけないでしょ、だって、だって……」
 彼女の方はやや涙ぐみながら男にもたれ掛かっているのだ。そして二人は寄り添うようにして店内から出て行った。
 非常に浪花節な世界がコンビニで展開されたのであるが、しかしCMの訴えは机上の空論と化してしまった。やっぱり暴走族をやめて欲しいと願っている女性は彼らと付き合ったりはしないのだろうな。むしろ暴走族に憧れている女性が彼らと付き合っているのだし。しかしあのCMの制作者ってそのくらいのこと考えられなかったのか。そんなデータを出したところで彼らは彼らのまま、たとえその中の四割がやや軟弱だったとしても、彼らは今日もバイクに跨がって暴走するのである。
 そういや最近の暴走族ってスピード出さずに他の車に迷惑かけるようにゆっくりと道路の真ん中を走るのが多いんだよな。
 どうせやるんだったらもっと気合い入れてしっかり暴走せんかい。そうしないと派遣するぞ、暴走慰安……あわわ。


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