其の112 寒い寒い寒い夜


 その晩は近来まれにみる寒さだった。
 さて取り敢えず書き出しはクリアしたとして、普段から何も考えずに生きているものだからついついクリスマスイブだというのに日頃と同じように過してしまっているのであるが、どうもおかしいおかしい、いつもそんなに更新しているはずもない雑文ページがどこもかしこも更新されておるではないか、ううむ、サイトチェックツールがおかしくなったか、などと考えながら雑文ページに繋いでみたりすると、なんとなんと、どこもみんなタイトルは「寒い寒い寒い夜」とあるではないか。あああ、今日なのだ、今日だったのである。そうだそうだ今日は楽しい雑文祭。ほんと忘れておった。不覚不覚。まったく何も考えてないや、しょうがないなあ、俺、と焦る気持ちを照れ隠しするのであるが、それでもやっぱり書かなければいけないのである。ううむ、ほんとネタなんてないぞ、と思っていると、ふとネタがないことの言い訳を書き連ねようかという悪魔のささやきにも似た考えが頭を過るのである。いかんいかん、これは既に清水義範がやっておるではないか、たしか「深夜の弁明」とかいうのだ。駄目だ駄目だ、プロの作家なら兎も角何処の馬の骨とも解らぬ駄目人間がやってはいかんのだ。取り敢えず、他にネタはないかと意味もなく部屋の中をうろつきまわるのであるが、急に「寒い寒い寒い夜」なんてタイトルにあったネタなんぞ見つかるはずもなく、じゃあいつもの手だ、と父上母上の眠る部屋へ摺り足ダッシュで赴くのであるが、やはりこの時間では父上母上ともに起きているはずもなく、父上母上二人揃って腹なんぞかきながら惰眠を貪っておるのである。ううむ、そりゃあ、今度はコロ君だとばかりに犬の眠るところへとダッシュするのであるが、やはりこの時間では犬も眠っておるのだ。この、役立たずどもめがあ、と吼えてみるが吼えたところで事態が急変するわけもなく、やはりネタなんてないのである。ううむ、如何いたそう。如何いたすのだ。如何なものか。色々如何を活用させてみるのだが、そんなことで話なぞ膨らむものではなし、いやいや如何が悪いのであって他のものなら膨らむ膨らまー膨らめすと考えてみるが、チーズ、チーザー、チーゼスト、ホーム、ホーナー、オーネスト、にゅ、にゅ、にゅる、にゅれ、にょ、などと痴呆面して活用をさせてみたりするのだが、「寒い寒い寒い夜」なんて話に結び付くわけがないのである。さて困った困った。
 困ったときはネタ帳である。色々と細かなネタを集めて一つのネタを作るのはわたしの心の師匠であるジョン・レノンもやっていたことなのであるから安心である。ええとネタ帳ネタ帳。「ジャイアンの歌いっぷり」「かっとばせ」「貧乏ショー」「我慢強い男、それはソクラテス」「括れカレー」「ハイデッガー、さいでっか」。こんなものをどうせよと言うのだ。何が「さいでっか」だ。それに「かっとばせ」の何処が面白くなりそうだというのだ。いい加減にしろ、俺よ。いかんいかん興奮しては余計にアイデアも浮かばないものだ。焦れば焦るほど何も考えられなくなるのだ。落ち着け落ち着け。
 などと考えていると時刻は既に三時を回ろうとしている。まずいぞ、明日の仕事はいつもよりも五時間ほど早く出勤せねばならぬのである。早く何とかしなければ。そうだ。夢というのはいいんではないか。夢の話でオチをつけるというのは禁じ手ではあるが、この際仕方があるまい。それなりに話も膨らみそうだし。それに別に夢だったと書かなければ良いのだ。ええい夢にしてしまえ。夢の悪魔となるのだ、夢侍だ、夢泥棒だ、夢の良秀、地獄変になるのだあ、俺よ。ええと、ゆめゆめゆめ。そうそう、この間夢の中で物凄く寒いなあと感じたことがあったんだよなあ。どういう状況だったのか解らぬが、何故かわたしは布団でぐるぐる巻かれながら信号待ちしているのである。それでもってぴょんぴょん跳ねながら信号が青に変わるまで待たなければならないのである。すると徐々に体が布団から抜けてきたのである。それで寒いなあと思ったのだ。夢から醒めると案の定布団がベッドの横に落ちてましたとさ。なんだあああ、これは。全然駄目駄目。発展性のかけらもないではないか。それに面白くも何ともないではないか。そんな夢はバクに喰わしてしまえ。バクバク、関係ないけど昔NHK教育で「バクさんのカバン」だとかいう番組があったのだが、無意味に「ばくばくばくー」という効果音が入っていたのだが、そんなことはどうでもいいのである。
 こうなったら検索エンジンに頼るのだ。そのまま「寒い寒い寒い夜」とタイプして検索すると、ほんとに引っ掛かってきたのである。早速繋いでみると何とそこは夢と冒険と魔法にまみれたポエムの世界、何が何だか解らないのである。

 許して、許して、許して
 寒い、寒い、寒い、夜
 オルテガ、オルテガ、オルテガ
 パピヨン、パピヨン、パピヨン
 もうこんなことしないからね

 どばああ、なんだこれは。これがポエムという奴なのか。オルテガって何なのだ。パピヨンって山本陽子なのか。もう勘弁してくれ。わたしは単にネタを探しているだけでこんなポエムで和やかになろうとか殺意を覚えようとか、そんなことは考えていないのだ。どうにかしてくれい。
 何も書けなくてこれほど辛い思いをしたのは卒論提出のとき以来であるな。あのときも季節は今と殆ど同じくらいだったんだよなあ。何のテーマも内容も何もなくて無理矢理原稿用紙百枚を埋めつくしたのであった。何だか状況が似ている気がする。ううむ、いやなことを思い出した。あのときはたしか卒論提出期限の一時間前まで書いてたのだ。それも無理矢理枚数を揃える為に。推敲も何もあったものぢゃなかったなあ。ああ、情けなかった。
 などと思い出に耽っている場合ではないのである。もう時刻は四時になろうとしているではないか。一応十二月二十五日一杯が期限だからあと二十時間近く間があるのだが、しかし仕事がおしてそれまでに帰ってくる自信もないしなあ。やっぱりそうなったら叱られるだろうなあ。いやだなあ。
 窓を開けて部屋の空気を入れ替えてみる。何も書けない己の不甲斐なさに呆れる。もっと早くから考えておけば良かった。もっと早くから準備しておけば良かった。こうなるのは解っていたはずではないか。そういえば卒論を書いているときも同じことを考えていたのだった。ほんと進歩がないのである。多分次のときもこうなるだろう。何のアイデアもなく焦るばかりでどうしようもなくて。そして今回のことを思い出してこう呟いてしまうのだ。あのときはなあ、とにかく寒くてたまらなかった。


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