其の158 ジョン・レノンに捧ゲルゲ


 本日は十二月九日である。この日はわたしにとって実に重大な日である。そう、わたしの敬愛するジョン・レノンの命日なのである。元クオリーメンのジョン・レノンはわたしとは親戚と言っても過言ではないくらい切っても切れない関係であることを犬になら自信をもって語ることのできるくらい近しい関係にあるのだが、このことは以前書いたことがあるので割愛する。兎も角本日はジョン・レノンがダコタアパートから出てくるときポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーとCIAとKGBとユダヤとフリーメーソンとスティーブン・キングとずうとるびの手先に撃たれた日なのである。何とも悲しい日である。もちろんこんなことを書くくらいだからジョン・レノンはわたしの尊敬する人物の一人である。エジソンと豊臣秀吉の次くらいに尊敬している。それはそれとしてやはり今年もジョン・レノンを枕に話が始まるのである。
 今日もいつものように小学生やら中学生やらの相手をしていたのだが、最近入塾してきた小学三年の内村君はわたしに慣れてきたのか何かあるとわたしのところまでやってきてその日あったことやおもしろかったことなんかを話しにくるのである。まだ小学三年生であるから、わたしがもうすぐ三十歳にならんとしているにもかかわらず、「高校野球道EX2000」などという野球ゲームで母校を甲子園に出場させることに毎晩腐心していることや、いい年をして結婚もせずあろうことか長髪にし、どういうわけか完全に茶色に染まっていることに対する突っ込みもないし、揚げ足を取られたり厳しい批判をされたりこのままでいいのかと説教される心配もないので安心して彼と話が出来るのである。
「あのねえ、ちょっと訊いてもいい?」
「おお、いいぞお。お金の相談だとか宇宙の果てはどうなってるのかという質問以外ならきちんと答えてやるぞ」
「えええ! 宇宙にはは果てがあるのおお? どうなってるのお? 宇宙の果てって」
「今その質問は駄目だと言ったばかりだろう。まあ仕方ない教えてやろう」
「やったあ」
「その代わり条件がある。まずはこの話をしている間はわたしのことをご隠居と呼びなさい。そして君のことを熊八さんと呼ぶ。そして最後に納得できなくてもわたしが終わりと言ったらそれ以上質問しないこと。いいか?」
「うん、わかった。ご隠居!」
「よし、やるぞ熊八。まずなあ、そこの道路がありまっしゃろ。まずはそこをずうっと行くんですわな。それでずんずんずんずん歩いて行くんですわな…………終わりだ」
「ええええ、もう終わり?」
「さっき約束したとおりこれ以上は話さんからな。それより何だ、聞きたいことって」
「大したことじゃないんだけどさ、ご隠居は小さい頃なんて呼ばれてたの?」
「もうご隠居はいいんだって。小さい頃なんて呼ばれてたかって、渾名のことか?」
「そう、渾名のこと」
「うむ、答えてやってもいいが。ところで君は何という渾名で呼ばれてるんだ」
「えっとねえ、今は『ローマの決闘』って呼ばれてる」
「なんだ、その『ローマの決闘』って」
「あのねえ、この間学校で授業中に野田くんと遊んでたら先生にそう言われたから」
「何して遊んでたんだ」
「こういう細長い糊ってあるでしょ」
「ああ、スティック糊な」
「うん、それの糊を出したままで二人で突き合ってたから」
「フェンシングみたいに?」
「そう、こんな風に」
 そう言って内村君は立ち上がり机に置いてあったスティック糊片手にわたしの方目掛けて突く振りをし始めた。
「わかったわかった、立ち上がってほんとにやらなくてもいいから。たしかに『ローマの決闘』みたいだ。もう一人いたら三銃士みたいでもあるなあ」
「三銃士? 何だか格好いいね。それにしようかな」
「それにしようかなって渾名を自分で決めるなよ」
「ああ、そうか。それよりご隠居はどんな渾名だったの?」
「ご隠居はもういいんだって。ええっとなあ……神様」
「え? 神様?」
「そう、神様だ。だからこれからわたしのことを神様と呼びたまえ」
「そんなわけないじゃん。神様って。バースじゃないんだからさ」
「ち、ちょっと待て。バースって。君が生まれる前にもう阪神を辞めてたぞ。どうして知ってるんだよ」
「当然だよ。野球好きだからさ。あと神様仏様稲尾様だとかさ」
「えええ、何でそんな昔のこと知ってるんだ! 君は今九歳だろう、わたしでも実際には知らんぞ、稲尾なんて」
「あとねえ、権藤権藤雨権藤雨雨権藤雨権藤だとかさ」
「はははははは、九歳のくせに何を言ってるんだ、ははは、雨雨権藤雨権藤って、ははは」
「そんなにおかしいかな?」
「変だぞ、そんなこと知ってる九歳って。お父さんがそういうの詳しい人なのか?」
「いいや、お父さんは全然野球のこと知らないの」
「そうか、じゃあ知ってるか、昔大洋ホエールズのスーパーカートリオって」
「ええとねえ、高木加藤屋鋪だったかな、それとも屋鋪加藤高木だったかな」
「ううむ、そこまで知ってると気味悪いなあ」
「よく友達に言われる」
「だろうなあ」
「あ、そうそう、あと一つ訊きたいんだけど」
「ああ、いいぞ」
「あのねえ、サンタってほんとにいるの?」
「野球のことにはやたら詳しい癖にそんなことも知らないのか」
「うん、いるっていう人といないっていう人がクラスにいるんだ」
「いるに決まってるだろ。たとえばユースケ・サンタマリアだとか。あとサンタの親戚に源氏鶏太がいる。赤い服着てトナカイに乗りながらサラリーマン小説なんかを書くんだ」
「ふうん。そうだね、名前がサンタっていうのならいるよね。微笑三太郎だとか」
「それ『ドカベン』じゃないか。まったく野球のことばっかりだな。まあサンタだけどいると思ってる人にはいるしいないと思ってる人にはいないんだろうな」
「ふうん、そうなの。まあいいや」
「それより、今日の宿題やったか?」
「あああ、忘れてた」
「今からでもやりなさい、急いでやれば間に合うから、さあ行け」
「うん、わかった、じゃあねご隠居」
 そういって内村君は教室へと走って行った。そのとき廊下の方から「青い稲妻、松本!」という掛声が聞こえてきたのであるが、だいたい元巨人の松本のことなんて誰も知らないし、ましてや九歳の子供が知ってることではないはずだし、そしてわたしはご隠居ではない。


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