其の165 薄情な人でごめんなのだ


 本日は参議院選挙である。今回の選挙に関してはかなり興味をもってその動向を見守っている。選挙制度が今回から新しくなったということがわたしに興味を持たせている一つである。
 まず第一にその制度名である。塾の講師を辞めてから選挙制度を変えてくれて国会議員には本当に感謝している。もし仮に未だに塾の講師をしていたならばこんな展開になったに違いないからである。
「今回の選挙制度ってどう変わったにょお?」
「ええとだな、ちょっと難しい長い制度名だからしっかり聞きたまえ」
「わかったじょお」
「ひ、ひこーそく、めいぼしき、ひれいだいひょうせい……だ」
「メモを見ながらじゃないと言えないにょお?」
「何を言っておるのだ。言えるさ。ああ言えるさ。もう三十になったんだから。もう一度メモを見ないで言うからよく聞け」
「わかったじょお」
「非拘束名簿式比例代表制、ほら言えただろう。当たり前だ、仮にも大学を出ているんだから言えて当然だ」
「じゃあもっと速く言ってよ!」
「非拘束名簿式比例代表制! どうだあ!」
「もっと早口で!」
「非拘束名簿式比例代表制! どうだ!」
「三回続けて!」
「非拘束名簿式比例代表制! 非拘束名簿式比例代表制! 非拘束名簿式比例代表制! どうだあ! 参ったか!」
「ところでどういう風に変わったの?」
 世にもおそろしい展開が待っていたに違いないのである。
 普段からyahooの芸能ニュースを中心に国の動向に関心を払ってきたわたしであるが、今回はいつもにもまして選挙の動向が気になっている。この辺りに住んでいる者の中ではウナギとお茶とウナギに似た顔のおじさんの次くらいに選挙の動向が気になっている者であると自負している。
 これほど選挙に興味をもっているのには理由がある。
 先日のことである。たまたま実家に戻ったときどこで嗅ぎつけてきたのか中学時代の友人が訪ねてきたのである。彼とはクラブ活動も同じで、そして何より重要なのは、わたしにとって初めてとなる記念すべき男のダンディズムを磨きあげる書籍をわたしに見せてくれたという点である。あのときは本当にありがとう。そういう友人であるから、たとえ彼が現在某創価学会に入信しており選挙の度に実家にやってきては熱く某公明党に投票して欲しいと訴えることが予測されていても門前払いするわけにはいかないのである。あのときその書籍を誰が一晩持ってかえるかで一発触発の中鶴の一声でわたしに一晩貸すと宣言してくれた恩をわたしは忘れていない。わたしは忘恩の徒ではない。投票するかどうか、ましてや投票所に行くかどうかはわからないが話くらい聞いてやろうではないか、そういう気持でドアを開けた。
 ちなみに彼は中学時代我々の仲間内では「エロキング」と崇めたてまつられていて、それがいつのまにか短縮され「エロキン」と呼ばれている。三十になっても「エロキン」であり、子供もいるのに「エロキン」である。
「おう、久しぶり」
「何やエロキン」
「おい、もうエロキンって言うのやめてくれや」
「何を言っとるんや、おまえは一生エロキンや、四十になっても五十になってもエロキンや、お墓にも『エロキンここに眠る』と刻んでやる。ところでどうしたんやエロキン?」
「まあええわ、そんで、まあ、今度の選挙やけど」
「ああ、選挙なあ、今回行けへんと思う」
「えええ! どうしてん、いつも協力してくれたやんけ」
 ちなみに一度も彼の推薦する候補者に投票などしたことはない。だいたい「エロキング」の推薦する候補者などろくな代物ではない。
「この間転職して大阪から離れてて茶、ちなみにどこにいるかは内緒だウナギ、絶対言わない富士」
「し、しずお……」
「それ以上言うな! しかしどうしてわかったんだ?」
「そらわかるわ、まあ不在者投票というのも出来るし、取り敢えずこれ見てくれや」
 そういってチラシを見せてくれた。そこにはちょっと化粧の厚い結構若作りのおばちゃんが映っていた。
「ふうん、これが今回おまえとこが推している人か」
「そうやけど、この人見覚えないか?」
「見覚えって、そういえばこの人のポスター見たような気もするかな」
「そうじゃなくって、この人おまえの知り合いやろ」
「へ? 俺の知ってる政治家って近所のジャージ姿で犬の散歩してる市会議員くらいやぞ」
「この人のプロフィール見てみ、年齢は三十で俺らと同い年やろ、それでこの出身高校っておまえの高校と同じと違うか?」
 よくよく見てみると同じ年でかつ出身高校が同じである。しかし顔と名前に覚えはない。慌てて高校のときの卒業アルバムを開いてみた。するとそこにはそのチラシのおばちゃんをかなり幼くした姿があったのである。
「だからさ、今回は同級生が出てる選挙やから、協力してくれや」
「ううむ」
 卒業アルバムからすると彼女は隣のクラスだったようである。しかしまったくもって記憶にない。だいたい自分の好きだった女の子の名前ですら記憶にないのだから当たり前である。そんな薄情な男に元同級生だからという理由で投票してくれと言われても困るのである。しかしここまで言われては一人の男としていい加減な返答などできない。中学時代男のダンディズムを磨きあげる書籍を貸してくれた恩もある。ということで堂々と嘘をつくことにした。
「わかった、絶対絶対絶対投票するからな」
「頼むぞ、おまえだけが頼りなんだから」
 こんな嘘つきを頼りにしていいのか、エロキン。
 選挙の当日、わたしはウナギと富士山とお茶でいっぱいの某場所で昼まで惰眠を貪っていた。まだ午後八時には間があるが、ここは大阪ではない。住民票を移してからまだ間がないので投票は大阪ですることになっているのである。流石に選挙のために車で往復八時間もかかる大阪まで行く気などない。
 夜になってテレビの選挙速報を見ていたら元同級生の彼女は当選して晴れて参議院議員となっていた。
 何だか元同級生が国会議員になったなんて妙な気分である。
 関係ないが今日は参議院議員選挙と同時にわたしのいる県の知事選挙も行われていたようで、その当選した知事もテレビに出ていた。顔がウナギみたいでなくてちょっとがっかりした。


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