其の178 ジョン・レノンに笹かまぼこ


 本日は十二月九日である。この日はわたしにとって実に重大な日である。そう、わたしのまあ敬愛するにやぶさかではないポール・マッカートニーが死んだと噂されてから結構な年月が経っているのに気づいた日なのである。かなりな年月が経っているんだろうね。ついでにいえば本日はジョン・レノンの命日でもある。というわけで今年もジョン・レノンを枕にして始まるのである。
 わたしの身長は百八十三センチある。日本人の男性としてはまずまず高い方である。だいたい電車に乗っても自分より大きい人を見かけることは少ないし、街中を歩いていてもそう自分より背の高い人と出くわすことは少ない。しかし背が高いといっても人が驚くほど背が高いというわけではなく、背が高いね、いいねなどと周りの人から羨ましがられる程度である。しかしわたし自身はあまり背が高いことも如何なものかと考えていたりする。というのもぼうっとしているのかよく鴨居に脳天をぶつけて死ぬような痛みに耐えなければならないからである。人に背をあげることができるのなら、一センチ五万くらいで売りにだしてもいいとも考えてたりもするのである。これ以上はまかりません。
 しかしわたしがこう書いていたらどうだろう。

 わたしの身長は五メートル三十二センチである。動物の中でもかなり高い方である。だいたいサバンナを歩いていても自分より大きい動物を見かけることは少ないし、ジャングルをさまよっていてもそう自分より大きな木に出くわすことは少ない。

 かなり衝撃的な告白である。これまでここで文章を書いてきた人間がまさか五メートル三十二センチもあるなんて誰も想像すらしたことなどないだろう。三度の飯よりカレーが好きなどと社会人としては如何なものかと思われる発言をしていた人が実は五メートルを越える大男だったとは、かなりの衝撃の事実である。このように身体が限度を越えて大きいということ自体は他のどんなことよりも人を驚かせる効果がある。
 しかしここで問題になるのは、次のような場合である。

 おいどんの身長は二メートルでごわす。力士の中ではまずまずっす。同門の中では大きい方でごんすが、まだまだっす。これからもばんばんちゃんこ喰って大きくなってゆきたいっす。目指すは二メートル十センチでごわす。

 これなら別に誰も驚かないのではないのだろうか。力士だから二メートルなんて身長の高さも理解の範疇である。むしろ人が奇異に思うのは、その力士の話し方である。なんだ、ごわすって、ましてやごんすってなんだ。
 これらからわかることは、その人物がかなり大きな人と感じるのは、その人がどんな人間であるかという情報による、ということである。

 一九三六年、東京生まれ。東京大学大学院博士課程中退、パリ第四大学で博士号取得。仏文学、仏現代思想、文芸批評、野球批評など多方面に及ぶ著書がある。前東京大学総長。身長百九十センチ。

 蓮實重彦である。これはかなりでかいと言わざるをえないのではなかろうか。先程の力士の二メートルに比べれば十センチも小さいにもかかわらず、このでかさは一体いかなることか。百九十センチという身長がその実態よりも更に大きく感じはしないだろうか。
 ここからわかることは次のようなことである。
「その人の業績に不必要な大きさは余計に大きく感じる」
 更に言ってしまえば、こうであろう。
「蓮實重彦は無駄に大きい」
 個人攻撃はよせ。
 無駄に大きいということは余計にその大きさをデフォルメしてしまうのである。

 孔子。中国、春秋時代の学者・思想家。儒家の祖。魯の昌平郷陬邑に出生。尭・舜・文王・武王・周公らを尊崇し、古来の思想を大成、仁を理想の道徳とし、孝悌と忠恕とを以て理想を達成する根底とした。魯に仕えたが容れられず、諸国を歴遊して治国の道を説くこと十余年、用いられず、時世の非なるを見て教育と著述とに専念。その面目は言行録「論語」に窺われる。身長二メートル十センチ。

 これもかなり大きいと感じられる。白髪三千丈の国の記録だから事実かどうかわからないが、それでも孔子がかなり大きな体躯をしていたのは本当だったようである。たしかに偉大な人物かもしれないが、それでも二メートル十センチもいらないじゃないか。それはもう諸国を放浪しながら毎日鴨居に脳天をぶつけるのである。それはそれで偉大かもしれないが、毎日脳天を鴨居にぶつけている人のいうことなど信用できない。

 恥の多い生涯を送って来ました。
 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。その頃の身長は二メートル十センチでした。

 「人間失格」の葉蔵だっていくら自分の人生を如何に切実に告白していたって、二メートル十センチである。誰だって二メートル十センチの人間の告白なんてちっとも聞きたくなんかないし、感銘など覚えないのではないか。毎日鴨居に脳天をぶつけている人の苦悩なんて聞きたくなんかないのである。

 出立の日には朝から来て、いろいろ世話をやいた。来る途中小間物屋で買って来た歯磨と楊子と手拭をズックの革鞄に入れてくれた。そんな物は入らないと云ってもなかなか承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの顔をじっと見て「もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌よう」と小さな声で云った。目に涙が一杯たまっている。おれは泣かなかった。しかしもう少しで泣くところであった。汽車がよっぽど動き出してから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。何だか大変小さく見えた。それでも清の身長は二メートルである。

 これではもう台なしである。折角の清との別れの場面でも身長が二メートルもあれば、ちっとも悲しくはないのである。清が坊ちゃんにお土産に越後の笹飴が食べたいと言うのは無学なせいではなく、毎日脳天を鴨居にぶつけすぎたせいではないかと思ってしまうのである。
 大きいということはその悲しみや切実な思いをどうも軽減してしまう効果があるのかもしれない。

 ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。でも身長三メートルでした。

 宮沢賢治だって形なしである。身長三メートルもあるんだったらそりゃ指が大きすぎて何でも巧くできないに違いない。その上毎日鴨居に脳天をぶつけるのだからしっかりものを考えられないのだろう。それでは巧くなるものも巧くならないのではないか。

 はたらけど
 はたらけど猶わが生活楽にならざり
 ぢっと手を見る
 でも身長五メートル

 もうそれはそれは大きな手なんであろう。そんな大きな身体のくせになんてちまちましたことで悩んでいるんだ、と説教の一つでもしたくなるではないか。だいたい毎日鴨居に脳天をぶつけているから生活が楽にならないに違いないのである。
 大きな身体。その事実の前ではどんなものであっても無力である。


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