其の10 逆テレパス



 まったく関係無いがこの間のことである。かつて何度も見た映画なのだが一定の周期で見たくなる映画というものがあるのはよくある話、そのときのわたしもそんな気分でレンタルビデオ店にいたのであるが、「おお、あるある」とつい呟いて手にとったのは「麻雀放浪記」。うん、このキャスト最高っすよねえ、などと独り言を呟いていたのであるのだが、他にも独り言否雄叫びをあげている者もときとしてレンタルビデオ店に現れるものだ。
「なんでこれがうのなんだよー! 全然ちがうじゃないか!」怒っておるようだ。得てしてこういう雄叫びを周りの目を気にせずあげる人種は若者で髪の毛が茶色に染まっているものであるが、ここでもやはりそうであった。うの、なんじゃそれ? という疑問は瞬くまに氷解した。彼はアダルトビデオの芸能人そっくりさんコーナーにいたのだ。「うの」というのは神田うのとかいうタレントのことであるようだ。何故そんなことを知っているかというのはわたしにはテレパスの能力があるので彼の心を読んでみたからであってこのレンタルビデオ店のどこに何のコーナーがあるかを熟知しているわけではない。
「なんでこれがうのなんだよー!」(なんでこれがうのなんだよー!)
「全然ちがうじゃないか!」(全然ちがうじゃないか!)
(ワタシデス)
 誰?
(ココノレンタルビデオデハタライテイルヘンリーデス)
 彼は何を言っているのだ?
(アノヒトノイルトコロハタレントニソックリナヒトガデテイルアダルトコーナーデス)
などと彼の心を読んでいたら横から心や優しき黒人の店員が教えてくれたからであるのだが、まあ彼が叫んでいることと考えていることとは同じようである。更に彼はエスカレートする。
「これもどこが飯島直子なんだよー!」(これもどこが飯島直子なんだよー!)
「これもこれも全然違う!」(これもこれも全然違う)
「でも、これはちょっと似てるかもしれないなあ」(これに決まり)
 一応彼は一人で叫んでいるのではなく、隣にやはり後ろ髪が中途半端に長く茶色に染まっている若者がいるのだが、この男は少し自制心があるようで黙ったままである。しかし彼を止めるまでには至らないようだ。この辺りから周りの人も気付いたようで失笑しているものもいる。わたしは下を向きながらもはや失笑を通り越して爆笑へと移ろうとしていたのであるが、そこはそこ彼に見られたりすると厄介なことになる。ビデオの棚を忍者の如く渡り歩き彼の言葉が聞こえる範囲をまさしく円の動きで周回しながら笑っていたのである。
 この辺りであろうか、彼にも少しこの状況が飲み込めてきたようで、きょうろきょろしはじめた。しかし、連れの手前であろうかなかろうか、意地になってか更に大きな声でまたもや叫びだしたのである。
「お前はどうするー?」(お前はどうするー?)
「な、なにを」(何でかい声だしてるんだよ)
「借りる奴」(借りる奴)
「借りるかどうかわからへん」(いちいち人のネタを聞くなよな)
「俺はやっぱしずか借りる」(僕はやっぱしずか借りる)
「ああ、そう」(勝手にしろよ)
 彼の思考は漏れているのでテレパスの能力は使う必要はないのだが、一旦始めたものは小便と同じで止まらないのである。
「じゃあ俺借りてくる」(じゃあ僕借りてくる)
 心の中では自分のことを「僕」と読んでいることは兎も角、彼はレジへと向かった。友人は借りずじまいである。「お前結局借りなかったん?」「まあ」という会話を最後に彼らは店から出ていった。
 いいもの聞けたなあ、という感慨を持ちながらぼうっとして彼らが出てゆくのをじっとみていたのだが、このときどうやらわたしの思考を読まれたようだ。
(ミギヘイッテクダサイ)
(ソコヲヒダリデス)
 ヘンリーの声に従うとそこは彼らのいた場所であり、そこには似ても似つかない神田うのと飯島直子がいた。これじゃああいつらも怒るよなと呟いたとき、またヘンリーの声が聞こえてくる。
(アナタニトウシノチカラガナイノハワカッテマシタ)
じゃあ、何故俺をここへ連れてきたんだ!
(ワタシハアナタノサンビシャデス)
 わたしはヘンリーに感謝していた。


[前の雑文] [次の雑文]

[雑文一覧]

[TOP]