其の58 馬鹿トーク


「でもいるんでしょ?」
「ふぇ?」
「いや、これだけ広いんだから、ねえ」
「いるわけないだろ」
「どうして?」
「この間、雑文で書いてただろ」
「ああ、でもねえ」
 深夜、仕事帰りわたしを待ち受けていたのは友人のKであった。わたしの部屋に入るなりこう言うのである。
「宇宙人て、ほんとはいるんでしょ?」
 はあ、仕事帰りだというのにどうしてこういう奴に付き合わなければならないのだろうか。仕事中も馬鹿を相手にし、仕事から帰ってきては馬鹿の話を聞き、そして己の馬鹿さ加減に呆れ果てて床に入るのである。周りを見ても鏡を見ても馬鹿ばっかりだ。うんざりしてくる。一日中馬鹿と付き合わなければならない生活とは、神様もわたしの人生で遊ぶのもいい加減にして欲しいものである。己だけでもう馬鹿の飽和状態であるのに。
「広かろうが狭かろうがいないものはいないの」
「たしかにUFOとかで地球にやってきてるとかいうのは嘘だとは思うけれども、これだけ宇宙が広いんだからいてもおかしくないでしょ」
「あのなあ、一つの星が誕生してから消滅するまでどれくらいか知ってるか?」
「知りませんけど」
「そうか、知らないのか。俺も知らんけどな」
「知らんかったら聞かんとって下さいよ」
「いやいや、たしか地球が誕生してから四十六億年くらいだったと思うから約五十億年くらいかな?」
「それで」
「まあ解り易くしようか。地球が誕生してから現在までを一年間としたらな、人類の歴史はどれくらいになるか解るか?」
「どれくらいなんですか」
「まあざっと一分だ」
「へえ」
「そこでな、地球の広さをこの部屋としようか。それで日本全体が宇宙としよう。実際はもっと広いと思うけれども。それで日本に住んでいる人を星とする」
「はい」
「その星は大体、常に一億いるとしようか。つまり知的生命体の住む星が一億あるということだ」
 このあたり非常に曖昧なのだが調べるのが面倒だったもので、適当に話していたのである。この辺りも非常に駄目人間的ではある。
「お前が一分だけ目を開けていられるとして、この地球に住んでいる一億の人の誰かと偶然目が合うことなんてあると思うか?」
「無理ですね」
「だろ。だから宇宙人はいないんだ」
「ええ? たとえが全然解りません」
「そうだろうな。俺も解らないんだから」
「ちゃんと話してくださいよ」
「ああ! 面倒臭い! じゃあ別の話をしよう」
「お願いします」
「うちの前に中学校があるだろ」
「はい」
「その校庭の桜の下には死体が埋まってるって言われたらどうする?」
「驚きますし、気持ち悪いですね」
「まあ、これはおいといて。梶井基次郎じゃないんだから」
「誰ですか? それ?」
「まあいいじゃないか。それでは校庭には一億円埋まっているって言われたらどうする?」
「探しますね」
「でも、ないかもしれないんだ。迷うだろ? 探すの?」
「ええ、まあねえ。実際にあるのならともかく」
「ということは一億円埋まっているという可能性があるにしても結局はお前は探そうともしないし、誰も探そうとする奴なんていないよなあ」
「そうですねえ」
「ということはだ。実際に埋まっていたとしても、その一億円はないも同然だろ」
「そうですねえ。結局あっても探しもしないし、探せないんだから」
「そうだ。今度は飲み込みがいいぞ! ポンチ君!」
「なんですか? そのポンチ君って?」
「まあ、それはいいとして。結局探そうとしないものだとか、また探せないものというのはあったとしてもないも同然なんだな。つまり我々の意識の中ではないと判断するわけだ。それが理性的な人間というものだ」
「そうですね」
「だろ。だから宇宙人はいないんだ」
「ええ? 全然たとえが解りません」
「俺もよく解らないんだから」
「ちゃんと話してくださいよ」
「ええい! 面倒臭い! じゃあ別の話をしよう……」
 こうして馬鹿トークは一晩中続くのであった。


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