其の101 お願いモンテスキュウ


 聞くところによると三権分立というものは「行政」「立方」「四方」というものらしいが、わたしはこれに対して異議を申し立てている者である。まず権力というものはたった三つにおさまると考えるのがおかしい。考えてみて欲しい。権力というのは詰まるところ、他者に対して強制力をもつものである。三権のうちのひとつ「行政」というのは国なりの集団がある方に向けて動くときそれに従わせる力であるし、また立方は縦かける横かける高さ乃至深さであるし、四方は犬彦だ。これからも解るように権力というのは強制力であるわけだから他者に何かしら無理矢理何かをさせることは即ち権力である。ということは譬え国のことだからといっても権力というものがたった三つに分類されるというのもおかしな話だと思いませんか、奥さん。しかしわたしの周りを偶然徘徊している中学生どもがたまたま近くを通ったわたしをつかまえて「三権分立ってなにい?」などという通りすがりにしてはやけに馴れ馴れしい質問をしてくれば己の信念を曲げて「それはだな、行政、立法、司法の三つの権力のことで、この三つの権力を分けなければ国の方向がある特定の団体や個人の利益へと向かい易いという話だ。モンテスキュウが『法の精神』の中で言っておることなんだが、わたしは通りすがりの者なので失礼する」と、教科書的な解答しか出来ないのが歯がゆいのであるが。しかしモンテスキュウだかモロキュウだかサンキュウテルヨだか知らんが権力を三つにしか分けなかった所為で、この三権に漏れた権力がチェック機能がないのを良いことに我々庶民を苦しめることになっているのではないか、このようにわたしは考えるのである。
 まず忘れてはいけない権力の一つは「上司」である。この権力は何かとわたしに強制力を発揮するのである。いくらわたしが「お腹が痛いので今日は早く帰らせて欲しい」と言っても即座に「トイレ行ったら大丈夫」だとか「正露丸飲めば大丈夫」だとか「何となく大丈夫」だとか「君は丈夫そうだから」とか言ってわたしをあたかも奴隷のように扱うのである。これを忘れてはいまいか、モンテスキュウ。この「上司」という権力は内閣あたりと同等に扱われるべき権力である。「上司」は内閣総理大臣の任命を行う代わりに残業は部下の意志に任せるだとか。早急に検討すべきであろう。
 次にチェックしなければならない権力は「お色気」である。こいつは非常に厄介な権力なのである。わたしは反骨精神溢れる反権力のパンクな人間であるにも関らずこの権力にはどうにも抗えないところがほんの少し、ほんとちょっとだけあるのだ。毎日働いている戦士たるわたしの唯一の安息の場所のこの部屋にも「お色気」という奴は忍び寄ってくる。メールの送受信をしていると朗らかに徒のメールを装ってこの権力はやってくるのだ。「うー、何々、毎日更新? しかも無料だ? 海外のサーバを使ってます? あなただけに教える秘密の扉……」などと来るものだからついついマウスのボタンを押す力がこもってしまうのである。そしてやはり権力というのは汚い。どこがあなただけに教えるだ、目茶苦茶重いではないか。その上その日は諦めて次の日繋いだら「HTTP Error 404」などと表示されるではないか。どういうことだ。わたしはそれだけを楽しみに急いで家に……いかんいかん、権力に取り込まれてはいかん。これほどわたしに強制力をもつ「お色気」は危険な権力なのである。これを忘れていまいかモンテスキュウ。この「お色気」という権力は国会なんかと同等に扱われるべき権力であろう。「お色気」が衆議院の解散をする代わりに惜しみなくもっと大胆になるとか、ねえ。早急に検討すべき課題であろう。
 そしてもっとも恐ろしい権力が一つあるのを忘れてはいけない。「母上」である。この権力は強制力の点では群を抜いているのである。まず最近ファックス付きの電話を購入したのが嬉しいのか知らんが、仕事場に「淳へ、今日は何時に帰ってきますか。今日はカレーです。母より」などというファックスを送り付けてくるのである。仕事場にいたのがわたしだけだったから良かったようなものの、もし「上司」などという権力に見つかったら当分の間より奴隷として生きなければならぬところであったではないか。恐ろしい。個人の人格など虫けらのように扱い、わたしの羞恥心などというものは屁に等しいと考えているほどの権力をわたしは知らない。内閣総理大臣や最高裁判所長官や国会議員や天皇でさえわたしに「今日はカレーです」などというファックスを送ってくるほどの強制力を持たないのだから、この権力の恐ろしさは理解出来るであろう。「母上」という権力はそれだけに留まらない。勝手に部屋の掃除をするのだ。あまりに汚いわたしの部屋を見かねてか勝手に部屋を掃除するのである。部屋が散らかるのと片付けるのとではエネルギー的には等しいはずだから勝手に部屋を掃除するのは勝手に部屋を荒らすのと同じことである。つまり警察の家宅捜索と同じなのである。その上男のダンディズムを磨きあげるのに必要なちょっと恥ずかしい書籍の類が整頓されているのを発見したときの気持ちは家庭内で死刑を宣告されたときの衝撃と等しい。これ程の強制力をもった権力を知らない。総理大臣や最高裁判所長官や天皇でさえわたしの部屋を勝手に掃除し、あまつさえ大きさを整え雑誌の種類に分別しそして年月日の古い順番に並べておくことなんてないのだから、この「母上」という権力の強制力は計り知れないのである。この最大にして最強の権力にはどんな権力をぶつければその強制力を牽制することが出来るのか、これは本当に本当に早急に検討すべき課題なのである。どうにかしてくれモンテスキュウ。


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