其の102 言い訳まみれ


 わたしは学生時代、殆ど授業に出ず、ほぼ毎日麻雀とパチンコに明け暮れていた。これはあまりに学問に対する憧憬が激し過ぎた為、わたしのような者が学問の世界に近づくなど恐れ多いことだと考えていたからである。それは大好きな女の子には気軽に話しかけられないようなものであって、断じてわたしが勉強が嫌いだとか怠け者であるからといった理由によるものではないのである。むしろ人一倍勉強が好きだと言っても過言ではないだろう。そんなわたしだから、小学、中学、高校と殆ど休むことなく学校へは行ったものである。特に高校時代は学校に行ってもただ寝るだけなのにもかかわらず、三年の間に一度の遅刻を除けば毎日出席していた。一時間目から六時間目まで途中の昼食をのぞいて眠りつづけるのだから何をしに学校に行っていたか解らないのであるが、それでも呑気に毎日学校に行ってたのである。勿論そんな生活に意味があるかどうかということに疑問はあったのだが、それでも眠りに学校へ行ったのは単に無断欠席をするときの言い訳を考えるのが面倒だという理由である。一々風邪をひいたとか、体調が悪いだとか、親が危篤だとか、そういった言い訳をするくらいだったら、学校へ行ってぼうっと眠っている方がましだし、それに金もかからない。それくらい覇気がなかったのである。だからもし今タイムマシンか何かで高校生時分のわたしに会えば「おい、もっと元気だせよ。若いんだから」と肩をたたこうと考えるのだが、おそらく「お前の方こそしょぼくれてないで、頑張れよ」と返してきそうであるのだが。
 それは兎も角、欠席や遅刻の言い訳というのを幼い頃よりそれ程したことのないわたしであるから、相手を笑わせそして許してもらえる言い訳を考えつく人間を素直に尊敬してしまうのである。
 最近聞いた欠席の言い訳として素晴らしかったのは「台風が来そうだから」である。台風だからではなく、台風が来そうだからなのである。たしかに台風の最中家から出てしょうもない話を聴きに来るくらいなら家でゆっくりしていた方が良いだろう。しかし今はまだ台風が来ていないのである。そして上陸は明日の昼頃なのである。そんな先のことを心配して家から出ないというのもそれは杞憂だと思うのだが、それでも彼女は「台風が来そうだから」と繰り返すのである。
「うん、たしかに台風は来ている。君の言うことは間違っていない。しかし今は何だ、台風が来るという情報がなければ誰も台風が来るなんて信じない程の穏やかな天気ではないか」
「うん、知ってる。でも台風は来るの」
「それはわたしも解っている。台風は必ず来るだろう。それは気象ニュースでも言ってた。しかしだな、今は未だ関係ないだろ」
「それでも台風はやってくるの」
「し、しかし今は……」
「それでも台風は来るのっ」
「……そうか、来るのか。そうそう、来るんだよなあ。解った。欠席を認めよう」
 何処かで聞いたようなやり取りをした揚げ句、結局相手の主張に押し切られたのだから、もしわたしが宗教裁判の裁判官ならつい「そう、そうね。回ってる。すんごい回ってるよお。地球」と言ってしまいかねない気の弱さであることが解るようなエピソードである。
 またこんなのもある。
「太鼓」
「ふぇ? それは遠いのか」
「いや、近所の御輿の上に乗って太鼓たたくから」
「太鼓かあ、お前の親戚に能勢慶子っていないか」
「それは知らんけど、今日は太鼓たたくので休む」
「しかしなあ、太鼓たたくからって、わたしはどういう風に報告すれば良いのだ」
「だから太鼓たたくんだよ」
「激しくか」
「激しく」
「そうか、じゃあ仕方ないなあ。太鼓たたくんじゃあな」
 結局押し切られたわけだが、欠席届けに「太鼓(御輿で)」と書いたのは妙な気持ちであった。そして「太鼓ごときで休ませるなあ」という上司の叱責があったことは言うまでもない。
 またハイソな言い訳もある。
「ミュージカル行くの」
「え? ミュージカルってあの歌って踊る変なのか」
「そう、そのミュージカル」
「へえ、ミュージカルって見たことないからよく解らんがあの『ラララ、腹減ったのだあ、ルンルンルン』とかやる奴か」
「……まあ、そうかな」
「で、何をミュージカルってるのだ」
「レ・ミゼラブル」
「『ああ無常』という奴か。読んだことあるのか?」
「ううん、どんな話か知らない」
「そうか、解った。欠席を認めよう。それで一つ忠告しておく。牧師さんはいい奴だが、昔の仲間は悪い奴だ。では楽しんで来なさい」
 ミュージカル行くとか言わなくても家族で出かけるでいいと思うのだが、よく解らないのである。
 そして最も切ない言い訳はこれだ。
「ええと、今日ね。欠席するけど」
「そうか。で、理由は」
「今日ね、スキヤキなんだ」
「ゑ、あのスキヤキか。それで?」
「だからスキヤキだから欠席するんだよ」
「ちょっと待て、よく解らないんだが、スキヤキだから何故休むのだ」
「だってスキヤキって美味しいから」
「うむ、たしかにスキヤキは美味い。肉も美味いが野菜も味が染み込むと美味い。それに終わった後うどんなんかを入れたりすると最高だ。それは解っているのだが、何故休む」
「だって、スキヤキなんだもん」
「しかしだな、仮にわたしが『今日の飯はカツカレーだから早退する』と言ったら変だろ」
「ははは、そりゃあ変だよ。だってカツカレーなんていつでも食べられるからね、はははは」
「じゃあ、何故休む。もう一度その理由を説明したまえ」
「だってスキヤキだから」
「よく解ってないな。そんなにスキヤキ喰いたいのか」
「うん、美味しいよ」
「解っておる。わたしも知っている。それくらい。だからといってスキヤキだから休むというのは納得いかんじゃないか」
「だ、だって、だって、スキヤキなんだもん」
「し、しかしだな」
「えぐえぐえぐ、だ、だって久しぶりのスキヤキなんだもん、えぐえぐ」
「あわ、解った、解ったから泣くな。男の子だろ」
「女の子でもいいから、スキヤキなんだもん、えぐえぐ」
「わ、解った。欠席を認めよう。堪能しなさい。久しぶりだからね」
 しかしこいつらわざとやっているのか知らんが、何故臆面もなく本当の理由を話すのだろうか。別に風邪をひいたとか適当な言い訳でいいのに。


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