其の128 馬


 ことの発端は大阪の西淀川区で発行されている「ニコニコライフ」という地方ミニコミ誌の小さな記事であった。同誌は西淀川区内で配られており、普段は商店街のキャンペーンやイベントといったものを扱っているのだが、たまに同地区で起こった事件などについても言及されていることもある。我々がその「ニコニコライフ」を手に入れたのはわたしの友人の渡部氏(仮名)が「興味深い記事があった」と送付してくれたことによる。その「ニコニコライフ」には非常に興味深い記事が書かれていた。
「三月十四日の深夜、淀川で釣りをしていたうえだ君(仮名、当時九歳)は何でも巨大な未知の生物を発見したとのこと。川のちょうど中程ににょきっと飛び出た首のようなものを見たということである。真偽の程はわからないがしばらくの間小学生の間で怪獣ブームが起こり淀川に遊びに行く小学生が急増したのは事実である。もしこれが事実であればこの西淀川にも新たな観光の目玉が出来たということで町の人々も今後の展開を楽しみに見守っているとのこと」
 この記事を目にした我々はすぐさま件のうえだ少年に会いに行き、発見した当時の様子をうえだ少年に語ってもらった。
「全然釣れないからぼんやり向こう側を見てたらねえ、突然じゃばって大きな音がしてね、何だろうと見てみると、恐竜の首みたいなものがにょきって出てたの。驚いて隣で寝ていた中村くん(仮名、九歳)を起したんだけど中村くんは『にゃんでしゅかあ、眠いでしゅう』と言うばかりで起きないから仕方なくて、急いでコンビニにいってカメラを買ってきたんだけどそのときにはもういなかったの」
 非常に興味深い証言である。このうえだ少年は知ってか知らぬか、この目撃状況は有名な鴨川の「カモッシー」の目撃例と酷似しているのである。我々はその生物は何だと思うかと訊いた。
「じゃばって出てきたから『ジャバゴン』だよ」
 我々はその未確認生物を「ジャバゴン」と呼ぶことにし更に調査を続けた。まずは他に目撃者がいないかを「ニコニコライフ」誌上で呼び掛けた。すると意外なことに多数の目撃者が現われたのである。目撃者の一人新屋氏(仮名、七十五歳)はこう語る。
「あんれは昔からおるこの辺の守り神じゃて、わしらくらいの年寄りなら誰でもしっちょるきに。わしも子供んころから何度もみとるでよ。首がなごうてなあ、夜になるとたまにでてきなさる。あんたらあれに手だしたら罰被るでよお、やめときんさいな」
 やはりジャバゴンは最近現われた生物ではなく昔から存在していた未確認生物であると断定してもよいようである。次の証言者は何と「ジャバゴン」を食べたという衝撃の告白をした鈴木氏(仮名、七十三歳)である。
「若い頃じゃが、あのときは喰うものがなくてのお、ほんで魚を釣って生活しとったんじゃ。するとなあ、小犬くらいの小さなもんがわしの側にいるのを見つけたんじゃ。いきなりじゃったから驚いてのお、咄嗟に石を投げつけたんじゃ。するとしばらくピクピク動いとったけんど、やがて死んでしもうた。怖くなって逃げようかと思ったんじゃが、そんとき急に腹が鳴ってのお、魚は釣れんし腹は減るしでわしも若かったから勢いで食べたんじゃ。もちろん生じゃあないけんどもよお」
 小犬くらいの大きさというから鈴木氏(仮名)に食べられた「ジャバゴン」は子供だったと考えられる。そして鈴木氏はこう続けた。
「喰ってしまってからのお、落ち着いてきたのか、急にそん生き物がもしかすると川の守り神ではないかと考えたんじゃ。それで悪いことしたとおもうて、そん骨を近所のお寺に預けたんじゃ。味? まあ悪うはなかったのお。あっさりしとって。まあ何でも腹に入れば喜んどった時代じゃからあんまり覚えとらんけんどもな」
 この証言をうけて、我々はその「ジャバゴン」の骨が預けられた寺へと向かった。そして意外な事実が解ったのである。寺の住職の井上氏(仮名、三十六歳)はこう語った。
「あれは父の代でしたから当時の詳しいことはよくわかりませんが、子供のころから守り神の骨が埋まっているという話はよく聞かされました。元々そういう生物に興味を持っていたわたしは父に何度もその骨を調べてもらうように言ったのですが、守り神の骨を掘り返すことはまかりならん、この一点張りでした。それで父が亡くなりわたしの代になったときですが、守り神の骨を掘り返したのです。そして箱に入れて家に持ち帰ったのですけど、妻がですね、捨ててしまったんですよ。それまでUFOの写真だとか河童のミイラだとか人魚の骨だとか宇宙人の写真だとかいったオカルトめいたものを蒐集するのが趣味でいつも妻に文句を言われてまして、怒らせてしまったんですね。わたしも悪かったのですけど、あれは惜しかった。いつ頃かって? そうですね、ちょうど長男が生まれた頃ですから十年くらい前でしょうか」
 我々は「ジャバゴン」の存在を證明する手がかりを目の前にしながら見失った形になった。しかし井上氏は我々にこっそりと打ち明けたのである。
「これは妻には内緒にしておいてください。骨を掘り返したとき着ていた袈裟にですね、髭のようなものが付着していたんですよ。色々調べたんですけど何の髭かわからないものでこっそりしまっといたんですけど、もしかしたら『ジャバゴン』と関係が……」
 そのものは人の髪の毛程の太さで保存状態が悪いのかちぢれている。我々は早速民間の研究所へとそのものを持ち込んだ。そして研究所の所長であり未確認生物学の権威である大西教授に話を聞いた。
「非常に興味深い結果が得られました。水棲生物の体毛にしては例がないほどちぢれています。今のところDNAの鑑定結果が出ていませんのではっきりしたことは言えませんが、おそらくこれまで観測されたことのない生物だと思われます」
 数日間我々は大西教授からの連絡を待った。ここで未知の生物であることが判明すればより科学的な調査ができると考えていたのである。ところがDNA鑑定の結果は我々を失望させるものであった。
「例の髭ですが、あれはただの人の体毛でした。おそらく井上氏の体毛でしょう。ちぢれていたのは陰毛だからです。しかしその『ジャバゴン』が人間とほぼ同じDNA構造をもっているかもしれないという可能性は残っていますが……」
 なんとただの陰毛だったとは。しかし最後に付け加えた「人間とジャバゴンが同じようなDNA構造を持っているかもしれない」という大西教授の言を励みに更に調査を続けた。我々はこの事実を再び「ニコニコライフ」誌上で発表し、そして人間と似ているかもしれない「ジャバゴン」の目撃例を募集したのである。数日後、渡部氏(仮名)から連絡が入った。何でも「ジャバゴン」かどうか解らないが奇妙な生物を淀川で見たという人物が現われたということである。渡りに舟とばかりに我々は大阪へ向かった。目撃者の下条氏(仮名)はこう語った。
「あれはですね、ちょうど阪神タイガースが優勝したときのことです。よく知られていることですが熱狂したファンが道頓堀にカーネルサンダース人形を『バースや』といって投げ込んだ事件がありましたけれど、あのあとカーネルサンダース人形は発見されてませんよね。実はあれわたしが持っていたんです。すぐに道頓堀の下流に行って拾ったんですよ。内緒にしておいて下さいね。ところが次の年タイガースは優勝出来なかった。それで頭にきましてカーネルサンダース人形を淀川に投げ込んだんですよ。するとですね、投げ込んだあたりから泡がぶくぶくと上ってきました。そして何やら恐竜のような生物が頭にカーネルサンダース人形を乗せてわたしに向かって睨んだんですよ。わたしは腰が抜けましてその場で座り込みました。するとその生物がなんと人間の言葉を話したんです。『お前の捨てた人形は良い人形か、悪い人形か、それとも普通の人形か』と。わたしはがくがく振るえてました。そしてわたしは言いました。『わたしの人形は良い人形です』と。するとその生物は言いました。『お前は嘘つきです。ですからこの先阪神タイガースはずっと優勝できないでしょう』そういってカーネルサンダース人形を頭に乗せながら再び水の中に潜ってゆきました」
 この下条氏(仮名)の衝撃の告白によると「ジャバゴン」というUMAは我々の想像を越えた存在であることになる。まず一つに人間の言葉を話すこと。これは大西教授の「人間と酷似したDNA構造を持つジャバゴン」像にぴったりである。やはり「ジャバゴン」はかなりの知的生物なのだろうか。そして次に「ジャバゴン」は阪神タイガースを優勝させないことができるという神の如き存在であるということである。事実この「ジャバゴン」と下条氏の交わした会話通り阪神タイガースはあれ以来優勝していない。
「はじめは誰に言っても信じてもらえないんで夢だったのだと思い込もうとしていました。ところがタイガースが優勝しない年が続くにつれてわたしに後悔の念が湧いてきました。もしあのとき普通の人形だと言っていれば、こんなことにならなかったのですから。それで毎年優勝できないと決まった日にカーネルサンダース人形を盗んでは淀川に投げ込んでいますが一度も現われてくれません」
 未だ壁に貼られているバース、掛布、岡田のクリーンナップが写っている古ぼけたポスターを見ながら寂しそうに下条氏(仮名)は語った。
 そんな下条氏(仮名)の横顔を思い出しながら何としても「ジャバゴン」を発見しなければならないと我々は決意を新たにした。そしてこの先「ジャバゴン」生息地である大阪の淀川でより大がかりな科学調査を行うことができたとき、「川の守り神」=「ジャバゴン」の正体が明らかになるに違いない、そして阪神タイガースを優勝させることが出来るのかもしれない、そう思いながら大阪をあとにした。

(編集後記)その後うえだ少年以下目撃者のすべてに虚言癖があることが明らかになったことによって、今回の「ジャバゴン」騒動は人々の記憶から消えてゆくことになるかもしれない。しかし虚言癖をもっていると今のところ判定されていない人物(一九九七年現在)による目撃例も多数存在する。たとえば藍氏(仮名)の「二足歩行でスキップしていたジャバゴン」の目撃例も非常に興味深い。今後の調査の展開に期待してもらいたい。


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