其の141 結婚しないの助


 どうも貫禄がなくて困る。いくら真剣に話をしても話半分に取られる。かなり年下の中学生に友達のように話しかけられる。しかも「あっちゅん」などとこれまで言われたこともないような渾名をいきなりつけられた上に肩に手をやられ「仕事がんばりや」と励まされる。小学生にはチョップをされる。
 これではいかんのではあるまいか。
 昔から落ち着きがないだとか、軽薄な話し方だとか言われつづけたが流石に三十路に手が届こうという段になって「ポケモンカード何持ってる?」と素で訊かれるのはちょっと困りものである。
 だからといってダブルのスーツに蝶ネクタイそして髭をはやしながら「ええ、チミチミ。今度わたしと新地にでも呑みにゆかんかね。良い店を知っておるのだよ」などと言ってみようとしても周りは小学中学の餓鬼どもばかりであるし、第一そんな金なんぞ一円たりともない。一円だってないのである。天地神明に誓って金なんぞないのである。
 そんなに気張って貧乏であることを宣言してもどうなるものでもないのだが、兎も角、貫禄がないことはたしかでそれは自分でもそのように認識していて、年齢の割りに軽く扱われることに特に文句はない。かえって年相応に丁寧に扱われたりすると恐縮してしまうくらいである。しかしながらそんな貫禄のないわたしでもちょっと困ってしまうことがあって、それは結婚について餓鬼どもに質問されることなのである。
「どうして結婚しないの?」
 わたし同様独身の上司(38歳)にこういう質問をすることのない餓鬼どもであるから、平気でそのようなことを訊いてくるのはわたしに貫禄がないからだろう。それでもわたしは健気に精一杯の貫禄をもってその質問にこたえる。
「こ、この口がゆうたんか、え? このぐちがそんな質問をしたんか」
「いててて、もう二十八でしょ、なんで結婚しないんだよお」
「ま、簡単に言うとだな、結婚なんぞしたいと思わんからしないのだ、それだけだ」
「どうして結婚したくないの? みんなするでしょ」
「みんなと一緒のことするのがそんなに良いのか、だったら山田が死ねって言ったらお前は死ぬんか」
「山田って誰だよ、ほんとはそんな屁理屈言ってるけど結婚してくれる人がいないだけでしょ」
「な、何を言うのだ。信じないかもしれないが、そりゃもう、結婚なんぞしようと思えばいつだってできるんだぞ。なんだ、百回でも二百回でもゴンドラに乗ったりでっかいケーキに入刀したりてんとう虫のサンバを歌わせたり人前でヒューヒュー言われながらキスしたり退屈な詩吟を聞いたり三つの袋の話を聞いたり三つのお願いでソーセージを鼻にくっつけたりすることもできるくらいなんだぞ」
「最後のソーセージはよくわかんないけど、それだったら早くすれば、結婚」
「ええとだな、考えてみなさい。君は君のお母さんと結婚したいと思うか?」
「いやだよ」
「じゃあ友達のお母さんとはどうだ」
「それもいやだよ」
「そうだろ、君は考えたことないか。君のお母さんも友達のお母さんも君の生まれる前か、生まれてからか知らんが、結婚したわけだ。お父さんとだ。お父さんはどうしてあんなお母さんと結婚したのだろうと思いはしなかったか?」
「そうだね。考えてみればあんなお母さんと結婚したなんて不思議だよね」
「そうだろ、いくら結婚したとき若かったからといってもいずれああなるんだぞ。言ってみればだな、将来おかんになる人と結婚するわけだ。気持悪くないか」
「ううん、そうだね。おかんと結婚したくはないよね」
「まあ、これだけが理由ではないのだが。取り敢えず君が理解できる理由の一つだ」
「なるほどね」
 と一応納得するのだが、またしばらくすると別の餓鬼が同じ質問をしてくる。もはやモグラ叩き状態である。
 しかし中学生ならばそれなりの理屈も理解できるからいいのだが、小学生は大人になったらみんな結婚するものと決めつけている節があって、いくら丁寧に結婚しない理由を述べても、最後はわたしがモテないからという結論にもってくるのである。たしかにモテないが、わざわざ小学生の餓鬼にそんなことを指摘されるのも何だか情けない。
 あまりに五月蝿いので最近では一々理由を述べたりはしないで、反対に「なぜわたしが結婚したくないか」を考えさせたりするようにしている。
 小学生の高学年になると大体がこういう理由を思いつく。
「お金がないから」
「プロポーズを断られつづけたから嫌になった」
「実はゲイである」
「何か人に言えないような病気をもっているから」
「女性と出会うことがない」
「煙草を喫っているから」
 最後の煙草を喫っているから結婚したくない、もしくは出来ないというのは説得力にかけるが、他はまずまず結婚したくない理由としてはもっともである。しかし小学生の低学年になると結婚している人というと自分の両親くらいしか思いつかないのか、なかなか面白い回答を出してくれる。
「毎日掃除しないといけないから」
 そうか、福本くんのお父さんは毎日掃除させられてるんだ。
「お小遣いが少ないから」
 えぐえぐ、木下くんのお父さんはお小遣いが少なくていつも愚痴を言っているんだね。
「ダイエットにつきあわされるから」
 サラダとか豆腐ばっかり食べさせられたりしてるんだ、伊藤くんのお父さんは。たまにはカロリーの高いものも食べたいよね。
「毎日肩揉みをさせられるから」
 偉いね、近藤くんのお父さんは。お母さんの為に毎日肩揉みをしてるんだ。たまには乳揉みもしたいよね。
「物を投げられるから」
 それはね、もしかしたらお父さんの動体視力を鍛える為にお母さんが敢えてやっているのかもしれないよ、桑野くん。
「変な服を着せられるから」
 それは何だ。ペアルックとかミキハウスだとかなのかな。変な服を着せられている増田くんのお父さんは可哀想だよね。
 などとその理由がすべてお父さんがしていることで自分がやるのが嫌だなと思っていることばかりなのである。聞いていると世のお父さんも大変なのだなあと思ってしまう。そして高木くんのお父さんはもっとも大変で、そして哀しい。
「結婚してもお母さんがどこかへ行ってしまうから」
 そうか高木くん、お母さんはお父さんを捨てて何処かへ行ってしまったのか。そんなのを見たりすると結婚なんかしたくなくなるよね。
 この小学生どものお父さんの生態から考えると結婚するということは、毎日掃除をし、その癖お小遣いは少なく、貧しい食生活になって、肩揉みをしなければならない上、物を投げられ変な服を着せられ、そしてそんな苦労をしたのにもかかわらず相手は出て行ってしまうということになるのである。こういうのが結婚だとすると、結婚してなくてそして結婚したくなくて本当に良かったと心より思うし、結婚できないくらい貫禄がなくて良かったとも思えるのである。


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