其の16 っち


 最近「たまごっち」なるものが流行っている。いやいやわたしのことを「チョー遅れてる」とか「チョーおじさん」とか言ってはいけない。(しかし超おじさんというのは超兄貴みたいですな)際物に疎いとはいえ「たまごっち」がかなりの昔に流行し、今では流行る流行らないというベクトルでは語られていないことくらいは知っておるのだ。では何故流行っているのか。これはわたしにとってはということなんである。今様の言葉で言えば「マイブーム」というところか。(この言葉も既に流行ではないのかもしれぬ)ただわたしは残念なことに「たまごっち」を持ってはいない。手にとったこともないし、どのように遊戯するものかも殆ど知らない。一年程前か、街を歩いているとき女子高生の二人連れが「……へびっち……」なる言葉を発しているのを聞いたことがあるので、たまごっちの卵とは蛇のことかもしれぬなあ、このくらいの知識しかないのである。ではどの点が気に入っているのかというと、まずは語感である。「っち」というのが良い。日本語の乱れを憂う世の識者はお怒りになるかもしれぬが、幼き頃の思い出がじわりと感じられて、それになんだかぎゅっと抱きしめてしまいたくなるような語感だ。わたしに抱きしめられても迷惑だとも思うが、まあ気に入っていることは確かである。次に気に入っている点はやはり「っち」という部分にあるのだが、その「っち」の前に様々な言葉を置いてみると妙に楽しいことに気付いたからである。
「微分積分っち」
 なんだかあの難しい数学がやけに可愛くなるではないか。
「サルトルっち」
 ははは、かのサルトル氏も嘆いておるのが目に浮かぶではないか。
「マスターベーションっち」
 ね、これも可愛く、なるはずがないか。
 とまあこのように言葉遊びを独り楽しんでいたのだが、こういうことを考える人は他にもいるようで、しかしわたしのような言葉遊びではなく、便乗商売として様々な「っち」を生みだしたようである。
「天使っち」
 こういうのもあるようだ。あったようだと言うべきかもしれないが、これはたまごの代わりに天使なのであろう。よく考えるものである。
 あるときレコード屋(統計によるとCD屋という方が多いようであるが)に行ったときのこと。邦楽の棚を眺めているとこんなのがあった。
「めたるっち」
 取り敢えず笑ってしまった。ヘヴィーメタルでアニメソングを演奏するという主旨の企劃物であろうか。しかもその下には「めたるっちゃ」と書いてあった。どっちがバンド名でどっちがアルバムタイトルか解らぬ。
「モスラっち」
 映画のキャンペーンの一環であったか。しかし、モスラに「っち」をつけるのもなあ。一応怪獣でしょうに。これぢゃあ怖さなどまったく感じられぬ。それに誰をターゲットに売ろうとしているのかちょっと不思議である。小学生どもが「モスラっち」を可愛いとでも思うのだろうか。それとも親どもが子供が欲しがっている「たまごっち」の代わりにこれらの便乗商品を渡しているのだろうか。ありうる。そういえばわたしも小学生の頃アディダスという銘柄か会社かのスポーツウェアが近所で流行っていたのだが、両親がわたしに買い与えたものは「アディオス」という挨拶の如きジャージであった。しかし世の親よ、子供はそういうパチモノには騙されないぞ。考えを改めるように。
 とまあ色々あるようで、現在でも「っち」の数は日本中ありとあらゆる所構わず古今東西広がっているのだろう。ちょっと怖い。しかしこれだけ「っち」があって採算はとれるのでしょうかねえ。「っち」を好きな人は限られていると思うのだが。
 しかし極めつきはこれだ。
「北京原人っち」
 なんなんだ。この「北京原人っち」って。なんでも「北京原人-who are you-」という映画が公開されるそうなのだが、それのキャンペーンのようだ。こんな所で書いて無責任ではあるが、実物をみたわけでもないし、実際作られて売られているのかも知らぬ。であるから無かっても苦情を言わんで欲しい。この「北京原人っち」を大阪一欲しがっているのはわたしであるのだから。
 しかし語呂が悪い。「ぺきんげんじんっち」ってねえ。今呟いたのだが、3回目でやっと言えた。わたしのように喋るのが商売の者でも言うのが難しい。こんなのを年端もいかぬ子供たちやなんでもチョーとかムカツクとか言ってる言語感覚の麻痺した若人に言わそうというのか。解らぬ、ほんとに解らぬ。それにターゲットの若者は北京原人に扮した本田博太郎(だったっけ?)を見て「ちょー、可愛い」とか言うと思っているのか。東映よ! この感覚が日本映画を駄目にしているのだぞ。
 しかし逆にこのセンスなかなか良いかもしれない。わたしのように穿ったものの見方をする者がターゲットならばであるが。
 しかし、「北京原人っち」ねえ。
 ほんと解らぬ。わたしには解らぬし、解りたくもない。
 


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