其の65 マイケル君


 マイケル・ジャクソンである。これまでどうも引っ掛かると思いつづけていたのだが、巷間での彼の噂のせいで見えてなかったようだ。「透き通るような白い肌」だとか「顔面崩壊」だとか「遺伝子まで集めたがる至上最強のコレクター」だとか、そういった彼にとっては取るに足らない雑言によって不覚にも彼の本質に気付かなかったのは汗顔の至りである。って気付いたからといってどうということもないのだが。
 わたしの主な情報源はyahoo!のエンターテイメントニュースである。「主演に”ウキウキ”斉藤由貴(サンケイスポーツ)」だとか「故ジョン・デンバーさん制作の仮面、競売会で破損(ロイター)」だとか「談志と赤塚が対談「がんでいい」?(サンケイスポーツ) 」だとかが主な内容のニュースである。勿論例に漏れずマイケル君もよく俎上に載せられている。
 五月十二日のマイケル君に関するニュースによると、なんでもマイケル君はナミビア訪問だそうだ。ニュースを読むと、ナミビアのヌジョマ大統領との会見や孤児院訪問などが予定されているということである。「会見」に「訪問」である。確かに彼は一ミュージシャンという言葉で括りきれない存在である。肌の色なんか黒人離れているし、甲高い声は下手な猿をも凌駕し、猿を扱わせれば日光猿軍団などかすんでしまい、少年への深い愛情は稲垣足穂など足元にも及ばず、イタズラだってカツオのイタズラなど問題にならないほど質を異にしているのである。まさにスーパースターである。こういうのがスーパースターの条件なのかはともかくとして、彼自身の行動、そして彼の行動に伴うマスコミの扱いはスーパースター、いや王族、皇族並である。今回の記事のタイトルは「マイケル・ジャクソン、ナミビアを訪問」である。このタイトルに一文字加えて「マイケル・ジャクソン、ナミビアを御訪問」となると正にロイヤルな方々の記事のようではあるまいか。ブルボン朝だ、ロマノフ朝だ、スチュアート朝だ、アッバース朝だ、ええい面倒だい、この辺でノルマン朝だい、のロイヤルである。そういえばマイケル君、日本に来たときどこかの遊園地を借り切ったとか。目的と手段はともかくとして現象面だけを見れば王族であるな。
 しかしいくらマイケル君がスーパースターだからといって一国の元首がミュージシャンと会見して何をするというのだろうか。あのマイケル君であるから、「これからのナミビアにおける先進国による開発」だとか「ナミビア共和国におけるウラン鉱石採掘事業の拡大」だという話をしてもフー! とかハー!とか ヒャー!だとか腰をクネクネされるのが落ちだから、大統領のヌジョマさんもそんな話題を持ち出したりはしないはずである。やっぱり慈善事業に関するものだろうか。彼の資産は下手をすると一国の国家予算を越えているほどであるから、その一部をナミビア共和国の予算では賄いきれない福祉面に回して貰いたいというのが大統領の本音であろう。であるから大統領も内心マイケル君の肌のあまりの白さに「裏切り者」と呟きながらも、マイケル君のご機嫌を損なわないよう営業スマイルでもって寄付の話を持ち出すはずである。
「この度は、このナミビア共和国にようこそおいで下さいました」
「ハウ! そうね。しかし熱いね」
「あ、そうでございますか。大変申し訳ございません。ただちにクーラーを……」
「ノーーーー!」
「は?」
「駄目、クーラー、オゾン層、破壊する」
「あ、そうでございますか」
「やっぱり地球は大事だからね。それと動物も大事ね。だから僕、肉食べないんだよ。知ってた? 肉食べないと血が奇麗になるんだよ。あと肌も白くなるよー。君も僕のようになりたかったらベジタリアンになることさ」
「は、はあ検討いたします。あの、それでですね、この度の孤児院建設の寄付の話ですが……」
「孤児院の話? ああそれね。何歳?」
「何歳? 年齢でございますか。わたくし老けてみえますが、まだ四十代でして……」
「シャラーップ! 君の年齢なんて聞いてないよ。孤児たちの年齢さ」
「孤児たちのでございますか、はて年齢の方は聞いておりませんが」
「そこが問題だよ。やっぱり孤児っていうからには十二歳までがベストだよね」
「ベストでございますか……」
「そうさ、そうじゃないと寄付の桁が違ってくるよ」
「は、で、では十二歳まで専用の孤児院ということにさせて頂きます」
「そう? 悪いね。なんだか僕の趣味にあわせて貰ったみたいでさ」
「いえいえ、寄付していただくのですからそれくらいのことはさせて頂きます」
「センキュー。それとついでにだけど、ベッドルームの色は白でキメてね」
「は? 孤児たちのベッドルームでしたらおそらく白になるかと……」
「オー、あんた解ってないよ。それでよく大統領なんてやってられるね。当然そのベッドルームは僕のさ」
「え? あなたの?」
「そう。僕が泊まるとき困るでしょ。ベッドルームがないとさ。それとも孤児たちのベッドルームで一緒に泊まれっていうの。僕は構わないけどさ。結局同じことだし」
「あわわ、解りました。白で作ります。ついでに鍵がしっかりしたのを……」
「センキュー」
「で、寄付の金額でございますが……」
「うーん、どうしようかな。本当は孤児たちをじっくり見てから決めたいところだけど、ま、お互い忙しいしね」
「有り難うございます」
「えーと、ほんとどうしようかなあ、ねえバブルス君、いくらくらいがいいと思う?」
「ウキー」
「え、三千ドルくらいかー。それじゃあちょっと安いんじゃないかなあ」
「キー、キー」
「ふむふむ、僕の好物のバナナを持ってきてくれるなら三十万ドルがいいと思うって?」
「あわわ、おーい、誰かバナナ持ってきてくれー」
「ウキー」
「そうかそうか、直に持ってきてくれたから三十万ドルにしようよだって? ほんと優しいねえ、バブルス君は」
「ウキー、ウキー」
「ということだって。だから三十万ドルでどうかな?」
「あ、有り難うございます。これで立派な孤児院がつくれます」
「そう、よかった。僕も幸せだよ。さ、行こうか」
「え? どこへでございますか?」
「決まってるでしょ。子供達のいるところへさ」
 なんて「会見」するような気がするのだが、しかしナミビアの大統領も大変である。あと子供達も。


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