其の75 放課後のホットブラザーズ(第二話「駅馬車」)


 「ギター回し蛍光燈破損事件」の後バンドのヘゲモニーを握ったわたしは、ほぼ手下と化した高塚君を率いて更なるステージへと向かおうとしていた。バンドとはいうもののギタリストが二人だけであり、そして練習と言えば例の高塚邸でお互いが新しく覚えたソロパターンを披露するだけであるのだが、暫くの間はギターの練習という孤独な作業を二人で共有できるという楽しみに新鮮さを感じていた我々速弾き小僧も、高塚君宅で数回「速弾き合戦」をこなした頃、その新鮮さも薄れ、只ソロパターンを弾くだけと言うバンド活動に空しさを感じ始めていたのである。そこでバンマスであるわたしは高塚君にこう言った。
「そろそろ我々も本格的にバンドとしての活動を始める時期に差し掛かってきたと思うが」
「うん、たしかに。お互い勝手に覚えてきたソロを弾くというのではバンドとは言えないしな」
「そうだ、そこが問題だ。それで昨日考えたのだが、何か同じ曲を覚えてきて合せるというのはどうだろうか」
「そうだね、僕もそう思っていたところだ。それで何か腹案はあるのかい」
「うむ、君はナイトレンジャーというバンドを知っているか」
「聴いたことはないが、よくギター雑誌に載っているね」
「そうだ、二人のギタリストがとてつもなく巧いバンドだ。ギターパートが二本あるのだから我々にぴったりだと思うのだが」
「成る程、ギターパートが二つあるというのはいいね」
「それで今日テープとギター譜を持ってきた」
「流石リーダーだね。早速聴いてみよう」
 テープを聴いて何となく曲の雰囲気を掴んだ我々は譜面に頭を寄せながら、自分はどちらのパートを担当するのかを考えていた。勿論如何に速弾きが多いかを探していたわけだが、二つのパートを眺めてあることに気付いた。
「どちらも同じくらいソロが入っているね。しかも三度と五度の音でハーモニーを奏でている」
「これは速さは大したことがないが、難しそうだな。ま、どちらのパートも難しさに差はないようだ」
「ぢゃ、僕はこちらにするがいいかな」
「ああ、ではここの部分だけ今やってみようではないか」
 ソロの中でも最も盛り上がる場面を指定したわけだが、同じパターンが続いたり手癖だけで思い切り速く弾く「速弾き」しか出来ない我々は、その曲の体感スピードの割にトリッキーな指使いに、中々すんなり覚えきれないのであった。一時間程それぞれ練習した頃、やっと譜面通りに弾けるようになった我々は合せてみることにした。
「わん、つー、さん、しー」とお互いソロを弾きだしたのだが、予想通りまったくテンポが合わないのであった。それもそのはず、一人だけのソロとは違い、呼吸を合せるなんてやったこともない上、二人ともリズム感というものが多分に欠けているものだから、合わないのも当たり前なのであった。
「合わないね」
「ああ、合わない」
「何度かやっていれば合ってくるかな」
「それだといんだがな」
「僕はもしかしたら永久に合わないんぢゃないかと思っている」
「どうしてだ」
「これまで言ったことがなかったけど、僕の心臓、脈拍数が少ないんだって」
「それがどうしたのだ。ギターを弾くのには関係ないだろう」
「この間読んだ本には人間のリズムを決定づけるのは結局は心臓の脈拍数らしいんだ」
「しかし、どんな人間でも個体差があるわけだからそれを言ったらきりがないだろう」
「そうは思うが、中学の時陸上の長距離をやってたせいか、僕の脈拍は異常に遅いんだ」
「そんなに凄いのか」
「うん、大型動物並だって」
「キリンさんとか象さんとか馬とか、そういった大型動物か」
「そうかもしれない。僕の心臓は馬並かもしれないんだ」
「馬並か、それでは合わないのも仕方ないな」
「すまない、馬並で」
「気にするな、馬並だって立派なギター弾きになれるさ」
「有り難う」
 白昼堂々「馬並」という言葉を連発するという滑稽さと、お互いのリズム感に決定的な欠陥があるという事実に気付かない我々は確実にコミック・ヘヴィメタバンドへの道へと歩みつつあるのであった。(続く)


[前の雑文] [次の雑文]

[雑文一覧]

[TOP]