其の76 放課後のホットブラザーズ(最終話「シェーン」)


 馬並の心臓を持つ高塚君と、エスカレータに乗れない御婆さんの如くタイミングの掴めないわたしのヘビメタ小僧たちは、リズム感など何処吹く風とばかり次なる目標を達成する為に、今まさに行動をおこしている最中であった。
「なあ、頼むよ。君だけが頼りなんだ」
「そ、そんなこと言われても」
「なあに大したことをやれと言っているんぢゃないんだ。ほんの少し俺達に協力してくれと言っているわけだ。損はさせない」
 何やらやくざの口上のようであるが、これはギター二人ではどうにも心許ないと感じ始めた我々は友人の交野君にバンドに参加するよう要請しているところである。
「そんなこと言っても、ぼ、ぼく楽器弾けないよ」
「大丈夫、大丈夫。気にするなよ」
 気にするなと言われても楽器の弾けない交野君からすれば、学校に着いた途端、何やら成績と柄の悪い二人組に教室の隅に追いやられてバンドに参加しろと言われているわけであり、すんなり首肯するわけにはいかないのである。しかし我々にとってはどうしても交野君が必要であった。
 我々の考えたバンドの構想はというと、「ギター二人が思い切りソロを弾きまくる」これだけである。単に自分達の欲望を叶える為だけのバンド構想であるが、ギターこそバンドの華であると確信していた我々にとってそれ以外のスタイルのバンドなど作るという発想は微塵もなかったのである。だからといってインストルメンタルのギターデュオでやっていこうなどとは先だっての「馬並事件」以来口が裂けても言えなかった。当然他のメンバーを見つけなければならない。そこで我々の標的になったのは交野君なのである。交野君は金持ちの息子である。そして自己主張に乏しい。そして何より音楽に興味を持っていない。だから我々のギターが巧いか下手かということに気がつかない。我々のバンド構想にぴったりの人物なのであった。
「で、でも、楽器とかどうするの」
「大丈夫、大丈夫。安いもんだって。ほらこの雑誌見てみろよ。エレキベースなんて二三万もあれば買える。そういえばお前お年玉十万円貰ったとか言ってたぢゃないか」
「だけど、ぼ、ぼく音楽に興味ないし」
「……ここだけの話だがな、……もてるぞお、バンドは」
 かねてより交野君を口説き落とす為に考えていた秘策はこれであった。交野君はもてない。我々だって同じようなものだったが、それは無かったことにして交野君に詰め寄った。交野君は我々を見比べてどうにも腑に落ちない顔をしている。わたしは高塚君に目配せをした。
「いや、ほんとにもてる。僕がいうんだから間違い無い。この間も練習の帰りなあ、むふふ」
「そうそう練習の帰りなあ、あれは可愛かったなあ。むふふ」
 次の日、我々三人は交野君のベースを買いに楽器屋へ向かった。
 殆ど詐欺師のような手口でバンドへと引き込んだ我々はついでに同じような手口で坂本君をボーカリストとして、野村君をドラマーとして引き入れバンドとしてのスタイルを整えると、己の器量をわきまえずにオリジナル曲の制作及び練習へと進んだ。ギター二人以外音楽に興味のない人間の集まった世にも珍しいバンドなのだから、当然ベースは一小節に一つルートを鳴らし、ドラムはずっと同じエイトビートを刻む、そしてボーカルは高音部になるとマイクをぐるぐる回しだし、ギターは相変わらず的外れなコードのソロを弾きまくる無茶な状態なのにだ。作曲は高塚君とわたしとで知っている曲を切り貼りして作った。作曲に必要な知識も何もなかったわけだから仕方ないが、何より他のメンバーにばれる恐れがないことが我々を強気にさせたのである。歌詞はボーカリストである坂本君に任せた。
 坂本君の歌詞が完成したということで我々はスタジオに集まり初のオリジナル曲の練習となった。当日坂本君に手渡された歌詞を見て、わたしは唖然とした。高校生の頃であるからそれ程審美眼や作詞能力がある筈もないのだが、幾ら高校生とはいえそれなりの常識というものを持ち合わせている筈だ。坂本君の歌詞はわたしのそれを大幅に越えていた。歌詞そのものは取り立てて問題はない。わたしはギターを弾く為にバンドを組んだのであって歌を聴かせる為ではない。実際の所歌詞が幾ら臭くても、文法的に間違っていようとも、字が汚くても、どうでも良かったのである。問題はわたしの担当するコーラス部分である。
 俺のハートがなんやらかんやら……
(コーラス)燃えてる燃えてる
 愛を探しになんやらかんやら……
(コーラス)つかんでつかんで
 声がでかいぜなんやらかんやら……
(コーラス)そのままそのまま
 波にさらわれなんやらかんやら……
(コーラス)くりこせくりこせ
 君に出会ったなんやらかんやら……
(コーラス)それからそれから
 わたしは歌った。ハーモニーなどという代物ではなかったが、歌った。
「はあー、燃えてる燃えてる」
 ギターが震える。
「いえーい、つかんでつかんで」
 声も震えながら。
「はあ、そのままそのまま」
 詩情とは異なる感情で。
「はあ、くりこせくりこせ」
 ハクション大魔王でCMに入るときの喋り方のように。
「いえーい、それからどしたの」 

 次の練習はなかったわけで、気付いたらバンドは解散していた。
 ところでバンドというからにはバンド名というものがあったのだが、流石にそれだけは言えない。こんなわたしでも厳然として羞恥心というものが存在しているのである。


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