其の91 禁じ手


 あらゆる虚構と称せらるるものは、それが虚構というだけあってありとあらゆる手段を使っても、それがその虚構を成立させるものであれば許容されるものであるが、だからといってぱからんぱからんぱからんぱからん、ぱからんぱからんぱからん、まだ続くのだ、ぱからんぱからんぱからん、まだ走ってるのだ、ぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからんぱからん、ひひーーん、などと馬になってしまう小説は現在の日本においては許容されるわけもなく、虚構だ虚構だといってもそこには自ずと不文律が存在している。その不文律を人は小説における不自由さであるなり、現代のエートスであるなり、文化であるなりと解釈するのであるが、読者であるわたしにとってはあまり興味がない。結局それが何と呼ばれようと、書かれたものがわたしを楽しませてくれればよいのであって、そういう態度を人が非常に享楽乞食的であると批判しようとも、わたしは一向に構わないと思っているのである。
 話は変わるが、人との会話において禁じ手とされるものがある。わたしは最近起った出来事を知人などに話すときその殆どを嘘で固めることがよくあって、それがわたしのことを嘘つきだと評する要因なのだが、しかし人と話すときに面白くないことを話して何になるのだという考えがわたしにはあって、面白くない事実よりも面白い虚構を話す方が後に嘘つきと呼ばれようとも、そちらを選ぶ人間である。例えばこれはもう時効だから言うが、かつてある雑文書きを怖がらせたある夢に関する話はすべて嘘である。すいません、嘘ついてました。怖がらせようと嘘ついてましたあ。作りましたあ。そんなプライドのあるようなないような人間であっても唯一ネタにしないことがあって、それは夢の話である。これだけはいくらその夢がわたしの笑いの壷を押えていようとも人には話すことがない。断じてないのである。
 最近みた夢でこんなのがある。わたしは土手をぼうっと歩いているのだが、向こうの方からはらたいらが歩いてくるのである。夢でのわたしは冷静である。心の中でそっと「あ、はらたいら」そう思うだけである。しかしまったく面識がないのは解っているのだが何か話しかけないといけないという思いがあって、はらたいらに対してどんなことを言えば良いか色々と悩むのであるが、思いつくのは「三択苦手っすねえ」だとか「高知出身っすね」だとか「なんでひらがななんすか」だとか非常に下らないことしか思い浮かばないのである。焦るわたしにお構いなしにはらたいらが近づいてくる。わたしの頭はパンクしそうである。そうこうしているうちにはらたいらはわたしの横を通り過ぎようとしている。それでとうとう彼に対して「はらたいらさんですか」と夢にしては間抜けにして非常に無難な言葉を発してしまうのだ。するとはらたいらは無表情のままこう言うのである。
「いえ、ちがいます。くちたいらです」
 ふぇ? と驚いているとまたまたはらたいらが向こうから歩いてくるのである。再び訪れたチャンスを神様に感謝しながら、またはらたいらに対して何か気の利いたことを話そうとする。しかしやはり何も重い浮かばないのである。そして二番目のはらたいらもわたしの前で止まった。それで仕方なくわたしは先と同じ質問を繰り返した。
「はらたいらさんですか」
 二番目のはらたいらも無表情に言った。
「いえ、のどたいらです」
 流石に夢であっても「くち」「のど」とくれば次の展開は解ってくる。恐らく「むねたいら」だとか「みぞおちたいら」だとかが登場して最後に「はらたいら」というのがやってくるのだ。わたしは夢の中でわくわくしながら次のはらたいらがやってくるのを待っていると、やはりはらたいらがやってきてわたしの前で止まった。そしてわたしは「はらたいらさんですか」と訊く。
「はたらいたです」
 アナグラムかいっ、と思わず夢の中で突っ込んだのだがその「はたらいた」はわたしの前から消えずに続けてこう言うのである。
「さっきまでのはわたしの機械なんです。わたしとそっくりでしょ」
 わたしがおたおたしていると更に「はたらいた」は続ける。
「でもね、わたしと違ってクイズに答えることは出来ないんですよ。わたしの命令がない限りね」
 そういって「はたらいた」はわたしの前から姿を消した。そこで夢から醒めたのだが、この夢にはどういう意味があるのかちょっと知りたいところである。しかしこの展開が何かと似ているとか、どこかで経験したような気がしていて、それは何だったのか色々と考えていたのだが、今日この夢の出所に気付いた。「海底人ハヤブサ」である。「はちはちにーさん、謎の人」のハヤブサである。その中にまったく同じ場面があるのだ。細部は異なるものの同じ人物が次々と現われる展開はまったく同じである。夢の出所がはっきりしてほっとする反面、夢においてまでオリジナリティがないなんて情けない限りであるとも思う。 


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