其の95 スターなのに


 ここでいうスターというのは単に星のことではなく、映画スターやミュージカルスターやロックスターといったように使われるスターである。このスターの定義というのは非常に難しく、譬えば今あなたの考えるスターを一人あげよ、という質問をされたとする。しかしこの質問自体に既にスターの定義というものの難しさが内包されていて、それは「あなたの」という条件を加えなければスターというものをあげることが出来ないということである。ある人にとっては船を沈めるレオナルド・ディカプリオをスターだというだろうし、ある人は老け専のトム・クルーズがスターだというだろうし、ある人は日本の風俗が大好きなアラン・ドロンだというだろうし、なんなら四十を過ぎてからドラッグにはまったチャーリー・ワッツがスターだという人もいるかもしれない。これは誰もが納得する普遍的なスターというものは存在しないということを示していて、その人物がスターかどうかという境界線が非常に曖昧であることも示している。日本においてはスターとしては力不足である存在にアイドルなんていう称号を与えて、取り敢えずスターといえる人物がいない不安感を紛らせているが、元々スターというものの定義がはっきりしない上これだけメディアの多様性の認められる時代にスターなどという絶対的な存在があるわけがないのである。そして絶対的な存在がないということは、逆に同じようなことをしているものは全てスターといっても良いわけである。彼らのやっていることといえばどんな種類であれメディアへの露出が為されていること、これだけなのである。
 ということでわたしはスターなのだ。これまで黙っていたがわたしはスターだったのだ。テレビに出演したことがあるのだ。だからスターなのだ。その上テレビコマーシャルに出演したことがあるのだからそれはもう立派なスターなのだ。
 あれは中学生一年生のときのことである。どういった経緯で出演するはめになったのかは解らないのだが、突然テレビ番組に出演することになってしまったのである。たしかタイトルは「親子で挑戦! 中国料理、夏休みチャオクッキング第二回、炒・ここがコツ」だ。たしかといいながらここまで細かく書けるのはその番組を録画したものを今観ているからである。タイトルからも解るよう我が家族総出演である。父上母上妹君わたしの四人である。今思うとあたかも怪獣大集合の様相を呈している。もしくはライダー大集合か。もしくはハットリ君、ドラえもん、オバQの出揃った東映まんが祭りか。そんなことはどうでもいいが、ちなみに司会は上沼恵美子である。そしてゲストはクロード・チアリ一家である。今から十四、五年前であるからこのキャスティングが豪華なのかどうかは判断しかねるが、取り敢えず上沼恵美子はカメラのまわっていない間中ずっと化粧をしていたことを付け加えておく。そしてわたしの隣のテーブルに座っていた五歳くらいの餓鬼が小声で「ちょっとどんぶりの人だ、ちょっとどんぶりの人だあ」と言い続けていたため母親につねられていたことも付け加えておく。
 何にせよ中学一年生のわたしの雄姿がディスプレイに映っているのである。母上は母上で上沼恵美子以上の化粧をほどこして精一杯なお洒落着である。お洒落着という言葉ってあるのかどうか解らないが。そして父上は父上で母上とは異なり未だに犬の散歩の際着用している普段着である。そしてにやけておる。わたしといえば、何やらぶすっとしている。収録の前日までテレビ出演を拒んでいたのを引きずっているのか、ぶすっとしているのである。難しい年頃だったのである。
 番組は中華料理の先生がチンジャオロースの作り方を指南することから始まった。今の料理番組と同じで作り方のコツなんかを先生が実際に作りながら説明してゆくのである。何でもチンジャオロースのコツは材料すべてを一旦油通しすることだそうである。奥さん、メモとるように。そして料理が作りあがり、一旦CMに入る。昔のCMは結構面白くて、今や世界的映画俳優の役所広司がガスファンヒーターのCMに出演していて、「温風二刀流、ほああ」などと二刀流なのに何故か空手の構えをしていたり、泉ピン子が炊飯器のCMに出ていて、「わたしすごく幸せ、うん嬉しい、キャ」などと気持ちの悪い新妻の役柄を演じていたりするのである。CMが終わる。そして中華鍋に入っている飯をかき混ぜている画が映る。父上である。父上が炒飯を作っておるのである。上沼恵美子が言う。「今日は会場におこしの御家族の中より二組のお父様が御家庭で作られる炒飯を披露してくれるということです」。その一人が父上なのであった。上沼恵美子は父上を紹介する。「続いてのお父様は、わたなべさんです」。しかし父上に訂正する勇気など持ち合わせているわけもなく、引きつった笑いをしながら飯をかき混ぜているのであった。
「こちらはどういった炒飯でございますか」
「れ、冷蔵庫の残り物の炒飯です」
「ニンジン、ピーマン、ハムと冷蔵庫に残っていそうなものですね」
「は、そうですね。一般、一般用、家庭用、一般の炒飯です」
 何を言ってるのだ、父上よ。上沼恵美子は「一般家庭で作られる炒飯ですね」と的確なフォローをする。
「調味料はどういったものを、塩、胡椒ですか」
「そ、そうですね。ええと、あと塩と、調味料と、胡椒」
 同じである。どれもこれも調味料である。
 父上の出番はここまでで、中華の先生による炒飯の作り方になった。以後、ちらちらとわたしの姿をカメラが捕らえるのだがその都度何故かわたしは他の人とは違うところを見ていて妙に浮いているのだが、それはそれとして最後に集まった家族全員で先生の作った料理をいくつか食べながらエンディングである。上沼恵美子が叫ぶ。「明日もみんなでチャオしましょう!」映っている全員が一緒に手をあげるはずだったのだが、わたしははぐはぐと炒飯とチンジャロースを貪り喰っていて一人手を上げていないのであった。
 これだけでもスターの資格充分であるが、更にわたしはスター街道まっしぐらなのだ。CMにまで出演しているのである。あれはたしか大学四回生の頃である。大学の先輩の紹介でエキストラのバイトをやることになった。日給五千円である。夏の昼ずっと外で立ちっぱなしのバイトであるから労働条件は最悪である。スターは辛いのである。大場久美子がメインで「焼きビーフン」のCMであった。OL姿の大場久美子がストレスの為か突如その「焼きビーフン」を喰いたくなる。そして何故か大場久美子は頭でキャベツを叩き割るのだ。その姿に驚く通行人たち。そして大場久美子の横で驚きながらも恐怖するスーツ姿のビジネスマンA。この難しい役どころを演じたのがわたしである。ちなみにビジネスマンAは撮影直前に監督が二三十人はいるかと思われるエキストラの中からわたしを選んだのだが、多分それはわたしの背後に輝くスターのオーラの所為であろう。そういえばこのとき大場久美子は破産宣告をして暫くのときだったので妙にドキドキしたのを覚えている。わたしたちは「じゃんけんで負けた方が『自己破産』か『コメットさん』とサインしてもらわなければならない」などと言っていたが時間がなくて断念した。ちなみに某カレー好きはこの日バイトか仕事だかで来られなかった為暫く悔やんでいたように記憶している。
 これほどスター街道まっしぐらで、なかんづくスターのオーラをまとっているわたしなのに、母上は言うのである。
「あんた、オーラルセックスってどういう意味なんや。クリントンの」
「知らんって」
「英語ちょっとくらい解るやろに。大学まで出てるんやから。調べてや」
「自分でやったらいいやろ」
「あんた変なビデオとか観てるから解るやろに。オーラル・セックスって」
「くうう」
 母上よ、そのスターではないのだよ、わたしは。
 ということでスターも苦労しているのである。


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